第11話

 再び、サラは俯く。


「――怖かった」

「何が?」

「宗くんに、このことを話すの……」


 震える声で、サラは続ける。


「私は、N社の人、誰にも言わずに、あいつの空間に入った。あいつを倒したらすぐ帰って、何もなかったふりをしようって思ってた」


 つまり、最初から一人ですべて解決するつもりだった、ということだろう。


「私の行動が分かってしまえば、N社の人間も黙っているわけがない。あっちの私がどうなるかわからない……」


 サラは、向こうのSalaを心配している。


 同じ自分とはいえ、分裂してしまった以上、そうなるのも当然なのだろう。


「ごめんなさい……でも、絶対誰にも言わないので、安心して……くれますか?」


 サラに余計な心配をさせてしまった。


 サラが結局一人で解決してしまったから、宗たち一般人の耳に、この出来事が入ってくることはなかったということだろう。


 なら、なおさらこのことは誰にも言えない。


「――ねえ、一つ質問していい?」


 こちらの目を見て、そう放つサラ。


「どうぞ」

「あっちの私は、今どうしてる?」

「……」


 言いにくい。


 ましてや、出来事の真相を知ってからなど……。


 だが、彼女は嘘をつかずにすべてを話した。


 宗だけが、嘘をつくわけにもいかない。


「――停止してます」


 宗は、彼女から目を逸らし、そう告げた。


 ハッと、口を手で塞ぐサラ。


 宗からは見えないが、きっとその目には、涙が浮かんでいる。


「――そう」


 宗からはもう、これ以上伝えられることはなかった。


「この世界に来て、初めて知った。世界は、こんなにも美しいんだって」


 サラは後ろを向く。


「だから、これでよかった。――これで……」


 サラがその場に崩れ落ちる。


 宗は慌てて駆け寄り、背中をさすった。


 サラは顔を手で覆っている。


 ――宗は、後悔しかしていなかった。


 自分が様々なことを調べ、彼女に真実を告げさせ、挙句の果てに、苦しめた。


 ――自分を、情けなく思っていた。


「――停止ですから。また再開するかもしれません」


 宗には、そんな言葉しかかけることができなかった。


「停止……そうか、停止」


 彼女はおもむろに顔を上げ、宗の方を向いた。


「私は、まだ生きてるかも……」


 宗は、なんで、とは聞かなかった。


「どうすれば、Salaを救えますか」

「それは……」


 その内容は、とても今からでは難しいようなものだった。


 宗が覚えなければいけないことは多く、技能も必要だ。


 だが、何もせずに終わるわけには行かない。


 宗は覚悟を決めて、行動へと移した。


 この世界にいることができる残り時間は、覚えなければいけないことを、ひたすら覚えた。


 記憶力はあまりいい方ではないので、何度もサラに確認しながら、続けた。


 そして……。


「……fs」

「完璧!」


 宗は完全に、それを覚えきった。


 しかし、定着はまだしていないだろう。


 何度も練習しているうちに、空は晴れた。


 少し暗くて気づかなかったのだが、サラはびしょ濡れで、宗もひどい有様だった。


 ――正直、この方法で本当に救えるのかはわからない。


 だが、やって見る価値はある。


 日は西に傾いてきた。


 もう時間がない。


 覚えているつもりなのだが、帰ったとき、それを思い出せるかどうかはわからない。


 ――そして、ついにその時はやってきた。


 足の感覚が急になくなる。


「あっ……」


 宗の声に気づき、サラは駆け寄ってくる。


 そして、その勢いのまま、宗の胸の中に飛び込んだ。


 最初に見たときは、高いところにいたせいか、長身に見えたが。


 ――こうしてみると、意外とサラは小さい。


「サラさん……」

「頼んだからね……」


 その言葉からは、強い意志が伝わってきた。


「――はい」


 もう一度頭の中で覚えたことを繰り返し、宗はこの世界を去った……。

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