第6話
数分前まで青かった空は、日が傾き、橙色に染まりつつある。
サラは、そろそろ戻ろっか、と、くぼみを抜け、来た道を戻り始めた。
宗はもう疲れ切っていたが、なんとか彼女を追う。
――こうして改めて街を見渡していると、意外と美しいものだ、と思ってしまう。
いつも下ばかり向いていた宗は、周りを見渡すことなど、あまりなかった。
差し込む日差し、廃墟と化した高層ビル、そこを歩いていく一人の少女。
生きているうちには出会えないような光景だ。
だが、生きているうちに出会えるような美しい光景も、宗は見逃してしまっているように感じた。
世界の美しさを知るための景色は、案外近くにあるのかもしれない。
そう思うと、宗の心に若干の後悔が生まれた。
――本当に、元の世界に戻れなくてもいいのだろうか。
もう少し、自分の世界の美しさが知りたい。そう思った。
東京の街は、夜を迎えようとしている。
1年前なら、きれいな夜景が街を照らし続けていたのだが、今は明かりがない。
不意に、サラが立ち止まる。
「早く帰らないと、日が沈んじゃうよ」
「あ、ごめんなさい」
少しでも宗が考え事をすると、彼女はすぐに先に行ってしまう。
「戻ったら何しよっか」
「もう少し、サラさんの話を聞きたいです」
自分の口から、思ってもみない言葉が出る。
元の世界には戻りたいが、この世界にも少し興味を抱いてしまったようだ。
「じゃあ、いっぱい聞かせてあげる。朝までかかっちゃうかも」
「それはやめてください」
「やめなーい」
そう言うとサラは片目を閉じ、舌を出す。
――こうしてみると、サラは完全に人間だ。
こんなに他愛もないやり取りが自然にできるのに、人間じゃなくて、他に何だというのだろうか。
宗にはわからなかった。
「ねえ宗くん」
サラが急に立ち止まる。
「早くしないと、日が沈みますよ」
「上を見てみて」
宗は言われるがまま、空を見上げる。
「ハッ……」
思わずため息が漏れる。
そこには、数え切れないほどたくさんの星々が、夜空に輝いていた。
それは今にも降ってきそうで、もう言葉では表せないほど、美しいものだった。
「東京が失ったものは多いけれど……でもそれだけじゃない」
今この星空を見上げているのは、宗とサラのみ。
いつまでも見ていられるくらい、その輝きは神秘に満ち溢れていた。
すると……。
ふと、足元の感覚が消える。
「あれ……」
下を見ると、宗の膝から下が、完全に消滅していた。
「これは……」
サラもそれに気づくが、動揺はしなかった。
「もう、戻るの?」
「なんか、そうみたいですね」
最後に一つだけ、サラに聞いておきたいことがあった。
「サラさん、結局あなたは、何者なんですか?」
宗の体は、もう腰から上しか残っていない。
「私はね……」
サラは宗の耳元で囁く。
宗は、驚きを隠せなかった。
「え……?」
体はもう、完全に消える寸前まできていた。
「またすぐ会えるよ」
サラはそう言うと、右手を振って笑顔を見せた。
その瞬間……。
宗のその世界での記憶は途絶えた。
またこの空間。
宗を押し流した波は、まだ発生していない。
ここは、どのような空間なのか。
世界同士をつなげるような働きをしているのだろうか。
宗は少し動き回ってみたが、どこまで言っても景色は変わらない。
少し青みがかった水のような物体で満たされている。
ふと、宗は何かに押し流された。
――ああ、この感覚だ。
前回と同じような感じだ。
すると、また光が見えた。
そうはその光の中に、ゆっくりと吸い込まれていった……。
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