第3話

 静寂が部屋を貫く。


「――まさか、そんなわけないじゃないですか」


 先に口を開いたのは宗だった。


「君はこれだけ長い時間ここにいて、匂いも味もはっきり感じたのに、まだ夢だと言い切るんだ」


 棚の整理をしながら、彼女は答える。


 ――違和感はしていた。


 今まで見た夢の中で、こんなにはっきり世界を認識できたのは、初めてだ。


 彼女の言っていることも理解できる。


 仮にそうだとして、あまりにも謎が多すぎる。


「わからないことは、これから考えればいいよ」


 彼女がそう言ってくれたので、少し気持ちが楽になった。


 ――それに、もし元の世界に戻れなくたって、宗にとってはどうでもよかった。


「あの、名前を教えてもらってもいいですか」

「ああ、そういえば名乗ってなかったね」


 彼女は棚から降りて、こちらを見つめる。


 改めて見ると、かなりの美形だ。


「私は、サラ。まあ、せっかくこっちの世界に来たんだし、ここには私しかいないから、よろしく」


 サラは手を差し出す。


「よろしく」


 宗も手を握り返した。


 話を聞けば聞くほど、謎は深まっていくばかりだ。


 だが、あまり感情が大きく動くことはなかった。


 それはこの都市に、少し見覚えがあったからだ。


 具体的にどこだったのかは忘れたが……。


「しかし、宗くんには感情というものがないの?」

「そんなに僕、無愛想でした?」

「いやいや、そういうことじゃなくて。こんなに大量に情報を得て、よくパニックにならないよね、って思ったの」


 確かに、宗はここに来てからずっと冷静だ。


「別にこの世界に来たからと言って心配事はないし、むしろ現実から開放されて楽ですから」


 現実の宗は、いろいろなものを抱え込み、限界に達しようとしていたところだった。


「――それ食べたら、出かけるから準備して」

「どこに行くんですか?」

「行けばわかるよ」


 サラは部屋の奥に消えてしまった。


 結局、これからどこに行くのかはわからないまま、宗は残りのさばを口に詰め込んだ。


 その間に、部屋を少し見て回ることにした。


 サラは部屋の奥の扉を開けていったから、もう一つくらい部屋があるのかもしれない。


 倉庫の中ほどに来てみると、本棚が置かれていた。


 本棚の中身は、吉田書店で見たような漫画やが多くあった。


 サラも漫画が好きなのだろうか。


 しかし、その下の書籍の内容は、上のものとは大きく異なった。


 『シンギュラリティの訪れ』、『AIは我々に何をもたらすか』、『天才人工知能の誕生にあたって』……。


 AIに関する書籍がずらりと並んでいる。


 サラはこの世界で一体何をしているのだろうか。


 部屋を見回すほど、わからない。


 本棚の隣には、机が置いてあった。


 その上には一冊のノートがある。


 かなり使い古されていて、所々に汚れが溜まっていた。


「何が書かれているんだ?」


 宗はノートのページを一つめくる。






世界の創造


なぜ?どうやって?


プログラムの作動(+構築)


人を呼び寄せる


プログラムは限界




絶対救う






 最後の4文字は、丸で何度も囲まれていた。


 これだけ見ると、何について記されているのか全くわからない。


 しかし、サラが何かを救いたいと考えていることは間違いない。



 ――一体、何を。


 この世界に来たばかりの宗が考えることでもないが。


「おまたせ」


 宗がノートから目を逸らしたと同時に、髪を結んだサラが戻ってきた。


「じゃあ、行こっか」

「――本当に、どこに行くんですか?」

「まあまあいいから」


 どうやら彼女は、宗に場所を知らせたくない理由があるようだ。


 二人は階段を上がり、再び外に出る。


 この街の空は、まだ晴れ渡っている。

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