第2話

 その姿は、かろうじてまだ前方に見えていた。


 しかし、彼女はとても足が速く、スポーツ経験のない宗はなかなか追いつけない。


 息を切らしながらも、宗は諦めずに彼女の背中を追っていく。


 ――かなり疲れて、諦めようとしていたときだった。


「そっち!?」


 彼女は急に右へと方向を変えた。


 宗は驚きつつも、なんとか体制を立て直して右へ曲がる。


 しかし……。


 宗は足を止め、膝に手を置く。


 もうそこに、彼女の姿はなかった。


 その通りは、商店街だったようだ。


 古びた街頭や看板がずっと続いている。


 ――一体、誰だったのだろう。


 もちろん、彼女のことなど、見たことがない。


 この世界が本当に夢の中なのかすら、疑うようになってしまった。


 諦めて、歩きはじめようとすると……。


「何してるの?」


 ふと、声が聞こえる。


 その主は、2階建ての建物の屋根の上にいた。


 今まで追いかけていた彼女は、いつの間にか高いところに移動していたのだ。


 透き通るような青い髪は肩まで伸び、凛とした目でこちらをじっと見つめている。


「あの、、どなた、ですか?」


 荒い息で、少し大きな声で、訪ねてみる。


「こっちが聞きたいんだけどなー」


 すると、彼女は屋根の上から宗のいるところまで飛び降りてきた。


 先程の走りからだいたい予想はついていたが、かなりの運動神経の持ち主のようだ。


「名前は?」

「井川宗です」

「宗くんね。その格好からして……高校生でしょ?」


 宗は、ずっと制服を着用していたことを完全に忘れていた。


 あれだけ走りにくかった理由も、納得できる。


「あの、あなたは……」

「お腹すいてない?」


 質問を遮られる。


「……はい、少し」


 だが、腹が減っているのは事実だ。


 ついさっきまで全力疾走していただけに、宗は疲労も感じていた。


「じゃあ、ちょっとこっち来て」


 そう言って彼女は、その建物の中へと入っていく。


 宗もその後を追う。


 どうやらこの建物は、かつて食料品店だったらしく、冷蔵庫が多く並んでいる。


 所々に豆腐のパックや発泡スチロールがあり、生活感がまだ残っている。


 その光景を横目に、二人は先へ進んでいく。


 奥まで到着すると、彼女は「従業員専用」と書かれた扉を開け、中に入った。


 スーパーの裏側など、宗は小学校の職場見学以来入ったことがなく、かなり新鮮に思えた。


「足元気をつけてね」


 少し進むと、地下へと続く階段があった。


 きれいにはされているが、段差が急で、少しでも気を抜けば落ちていきそうなくらいだった。


 一段一段確実に降りていく宗に対し、彼女はスタスタと地下へと向かっていく。


 やっと宗が一番下につくと、彼女はその前の扉を開けた。


「到着ー」


 彼女がスイッチを押すと、暗い建物の中に明かりが灯った。


「電気通ってるんだ……」

「このお店に太陽光発電がついてたからね。節電はしてるけど、意外と快適」


 その場所は、倉庫のようで、物は多かったが、他の部屋や今まで見てきた建物と比べると、だいぶきれいだ。


「ようこそ、私の家へ」

「ここに住んでるんですか?」

「そう」


 宗は驚嘆した。


 いくらきれいだとはいえ、人が住んでいるとは思えなかった。


「まあ、とりあえず……」


 彼女は倉庫の棚を一つ開ける。


「これでも食べて」


 そう言って宗に渡したのは、一つの缶詰と箸だった。


「『おいしいさばの味噌煮』……いただきます」


 かなりの空腹を感じていた宗は、近くにあった椅子に座って缶を開け、口へ運ぶ。


 少ししょっぱいが、さばの柔らかい食感が、ますます食欲をそそる。


「おいしい。夢の中でも、こんなに味が感じられるなんて……」

「何言ってるの?」


 宗の些細な一言に、彼女は反応を示した。


「いえ、なんでもないです」

「今、夢って言ったよね」

「……はい」


 ここで嘘をつく理由もないので、正直に答えた。


 しかし、宗は衝撃の事実を知ることになる。


「――この世界は、夢なんかじゃないよ」

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