第1話

 目を開けると、そこにいた。


 見慣れない天井には、深い緑色のつたや苔が、触手のように生えている。


 ぼうっとその天井を見上げていると、視界の右端から光が差し込んできた。


 と同時に、爽やかな涼しい風も、そうの体に浴びせられる。


 立ち上がると、違和感の正体がわかった。


 宗が室内だと思っていたその部屋は、壁が壊れ、半ば屋外の状態だった。


 数秒前まで宗が横になっていたベッドも、とてもきれいとは言えないものだった。


 所々にあるシミなどの汚れ。


 それは気づかないうちに宗の膝にもついていたので、手でパッパと振り払う。


 ここまで全く気づかなかったのだが、今、宗が着ているのは、通っている高校の制服だった。


 おかしな夢だと思いつつ、ミシミシと音を立てる床の上を歩いていく。


 ベッドの反対側には、ぼろぼろの木製の扉が取り付けられていた。


 ドアノブに手をかけると、意外にも簡単に開いた。


 鈍い音とともに開いたその扉の向こうは……。


 またしても外だった。


 幸い、靴は履いていたので、宗は歩みを進めていく。


 宗が先ほどまでいた場所を振り返ってみると、それは紛れもない廃墟だった。


 コンクリートで造られていたようだが、多くの植物に覆いかぶさっている。


 しかし、それはこの建物だけではなかった。


 この建物は、アスファルトの通りに面していた。


 アスファルトには草が大量に生え、まるで小さな草原のようになっている。


 そしてその通りにある建物は、全て廃墟と化していたのだ。


 ――日頃どんな生活をしていたら、こんな夢を見るのだろう。


 そんな事を考えながら、宗は通りを歩いていく。


 すると、歩き始めて少しで、開けた場所に出た。


 ――そこには、目を疑うような光景が広がっていた。


「これは……」


 宗は驚きのあまり後退りしてしまう。


 宗がいる場所は周りより少し標高が高いようで、見渡すことができた。


 かつて大都市だったであろう場所の、変わり果てた姿を……。


 宗が目覚めたあの建物のような廃墟が、無数に広がっているのだ。


 それは夢の中とは思えないほど、リアルだった。


 特にゆく宛もないので、もう少し先に進んでみることにした。


 すでに自然の一部となった建物の間を進んでいく。


 歩いていると、途中でカラスやスズメに出会った。


 人間以外の動物は、生存しているらしい。


 10分ほど歩くと、緑に覆われた高層ビルが見えるようになった。


 きっと、ここは大都市だったのだろう。


 なぜこんなことになってしまったのか……。


 そんなことを考えても仕方がない。


 ――ふと、気になる建物を見つけた。


 高層ビルに挟まれてぽつんと佇む、小さな木造建築。


 しかし、障子は破れ、屋根は崩壊し、決してきれいとは言えない。


「吉田……書店?」


 日本語で店名が書かれている。


 少しの興味と少しの不安を胸に、宗はその建物に近づいた。


 ガラスでできた扉は壊れていたため、すぐに中に入ることができた。


「お邪魔します」


 ――返事があるわけがない。


 書店の中を見ていると、見覚えのある本がいくつも目に入った。


 宗は、床に落ちていた一つの漫画を手に取り、ページを開いた。


 中は思ったよりはきれいで、かろうじて文字を読むことができる。


 パラパラと紙をめくり、最後のページまでたどり着いた。


「2026年7月14日発行……」


 ――昨年の日付だ。


 表紙には大きく「8月号」と書いてある。


 9月号を探してみたが、どこにも見当たらなかった。


「どういうことだ……?」


 その時。


 タッタッタッ……。


 外で足音が聞こえる。


 宗はとっさに本棚に身を隠して、外の様子をうかがう。


 その足音はどんどん近づいてくる。


 タッタッタッ……。


 この世界に、ほかに誰かいるのだろうか……。


 すると……。


 ――店の前を、ある人物が通り過ぎていった。


 遠くからでよく見えなかったが、その人物は、女性のようだった。


 宗は咄嗟に漫画を手放し、走って外に出て、彼女が走っていった方向へと向かった。

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