現実はファンタジー

「吉川はなんでミステリやファンタジーばかり読むの?」


 ふたりきりの図書室で、今日も変わらず読書に勤しむ吉川に聞いてみた。


「んー、非日常に浸りたいから、かな? 佐藤くんこそなんで恋愛小説が多いの?」

「僕も同じだよ。非日常に浸りたいんだ」

「どういうこと?」


 吉川がきょとんと小首を傾げる。


「こんなキラキラした青春なんて物語の中にしかないでしょ? とすると、これはある意味でこれ以上ないほどにファンタジーなんじゃないかな」

「……なんかごめんね。佐藤くんがちょっと可哀想になってきたよ」


 吉川は憂いを帯びた目でこちらを見る。どこか慈愛すら感じるのは気のせいだろうか。


「というのは冗談で……」

「ん?」

「恋愛小説って人の内面を特に強く描写するだろ? どうも僕はそれに弱いみたいで、読み終わった後のどうしようもない虚無感というか脱力感というか、そういうのを一番強く感じられるのが恋愛小説なんだよ」


 僕の言葉を聞いた吉川は目をぱちくりとさせた。

 そして少し間が合って、ぼそりぼそりと話し出す。


「……うん、言ってることはとてもわかるし素敵だと思う。思うんだけどさぁ……」

「うん?」

「なんで先に冗談でも変な理由話しちゃったかなぁ?! なんか心の端に引っかかっちゃってさっきの台詞をうまく消化出来ないんだけど!」

「それは誠に……申し訳ない」

「それにそんなに内面描写が好きなら、もう少し身近にいる人の気持ちも考えてくれてもいいんじゃないかな?」

「どういうこと?」

「知りませーん。自分で考えてくださーい」


 吉川はそのままそっぽを向き、やがてくすくすと笑いだした。


「まぁいずれわかるよ。現実こそ佐藤くんが思っているよりもずっとファンタジーなんだから」


 やはり吉川の言うことはあまりわからない。しかし一つだけ確かなことがある。

 それは――

 

「じゃあわかるまで付き合ってくれる?」

「もちろん!」


 吉川がいないとずっとわからないままだろうな、ということだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る