第5話
少女は別棟に至ると、迷わず廊下の端にある螺旋階段に入り、城の下層にある図書室を目指した。昇りと違って下りなら早い。高い位置にある手摺りの代わりに右手を柵の透かし彫りに掛け、左手で熊を抱えて一段、一段降りていく。
いくつもの踊り場を過ぎ、何本もの廊下を超えて、ようやく図書室の位置する階まで辿り着いた。するとその階には上階よりも明かりが少なく、長く伸びる廊下の先はよく見えない。照明がないことはないのだが、部屋の扉の脇のものしか点いていないのだろうか。部屋同士は互いに大きく離れている。ぽつぽつとぼんやり丸い光が見えるだけで、それぞれの光の間には闇が立ち込め、天井と壁の境に施された装飾も判然としない。
螺旋階段から図書室まで、いったいいくつの闇を越えなければならないのだろう。
そもそもこんな時間に、ロスが言う通り本当に兄が図書室にいるのだろうか。寝室や客間も無く、行政に関する省も会議室も無い。誰かが仕事で夜遅くまで残っているわけでもなく、上の階と比べて桁違いにひっそりして見える。
踏み出すのに躊躇していると、以前聞いた料理長の話が脳裏に蘇ってきた。
——いいですかな、姫様。あの下層階は城の中でも珍しいところでしてなぁ。
年季の入った包丁を研ぎながら、料理長は一語一語ゆっくりと語る。
——夜になると特に人気がなくなるもんで、ちょいと悪戯に出るんですよ。この城に太古からいる……
少女の喉がごくり、と鳴った。背後に何かいるんじゃ無いかと、ぐるんと首を回し、また前に戻す。
——子供が好きで、見つけたら連れ去っていくという……
螺旋階段の下の方で、微かだが確かにカタリと音がした。恐る恐る階下へ目をやると、壁面がぼぅと仄かな朱色に照らし出されている。
——火の玉を持った子供の霊が——
「っ……!」
少女は一瞬、頭が真っ白になって、反射的に螺旋階段から目を逸らし、目のに広がる暗闇の中に飛び込んだ。喉に何かが貼りつきでもしたのか。声も上げられない。早く図書室へ逃げなければ。
背後に得体の知れないものの気配を感じ、首筋がぞっとして心臓が早鐘のように打つ。とにかく熊を落として置き去りにしないように、震える手で毛並みを押さえて走る。
左右に点在する照明に近づけば、幸いその周りでは闇が薄れ、そこにある部屋が何かわかった。図書室まであと三つ……二つ……次を超えれば……
目的の扉が見えてきたところで少女は加速し、取手に飛びついて開いた扉の中に転がり込んだ。
**続く**
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