第3話
──そして、来て欲しくない、その明日。
「さあ、チヅ子さん! 本日は何を見せてくれるのですか! また新たな神通力をお見せいただけるのでしょうか!? さあ、さあ、さあ!」
「お引き取り下さい」
「今日はやけに早いですな。私はまだ何も見せてもらっていませんよ」
「福田先生に見せる芸は何もありません。ネタ切れです」
「神通力を芸だなんて、ご自身を卑下するのはお止めなさい。貴女のその能力は本物の神通力です。誰も真似できない貴女だけの才能なのですよ」
「そうですね。手先は人より器用です。もう少し考えてみますが、どうも今日はやる気がでないみたい」
「なるほど、ご気分が乗らないのですな?」
「そんなところです」
「でしたらたまには世間話なんていかがでしょうか?」
「お話しすることもこれといってありません」
「そう遠慮なさらずに。いつもは私が貴女より多く話していますからな、私に何か質問などはありませんか? 気になることがあれば何でもお尋ねください」
「とくには……」
「そこをなんとか、さあ、さあ、さあ!」
「……でしたら、先生、その胸元の」
「ん? ああ、これですか、万年筆です」
「……万年筆、お高いのでしょう?」
「いえ、これはそうでもありません。これは国産の物でして安価なのです。まだまだ海外の物と比べると品質は落ちますが、使う分には不都合ありません」
「見せて頂いても?」
「ええ、もちろん。チヅ子さんは万年筆を初めてご覧になりましたか?」
「いいえ、私を見に来た他の先生方も大抵同じものを持っていました。それに別れた前の夫も使っていましたから」
「そうですか。ではなぜそんなに物珍しそうに万年筆を手に持って見つめるのです? そして何故そんなに手元で上下に素早く万年筆を振るわせているのです? 上下に素早く振るわせて、幾度も幾度も目にも留まらぬ速さで振るわせて、何をしたいのです? それに何の意味があるのですか? そしてそれを私はじいいっと眺めていると──え? ええっ? そんな、なんで!? 信じられなーい! 万年筆がトコロテンみたいにぐにゃぐにゃになってるううっ! 」
「ちなみに、これもまた縮みます」
「ほ、本当だ! 今度は万年筆の端と端を左右それぞれの手で隠すように持って、片方の手を素早く交互に開いて見せてくれると、万年筆が縮んでいるう! 万年筆には鉄の軸が入っているのに縮んでいるよ! これは膂力だけでなせる技じゃない! 神通力だ! やっぱり神通力なんだああっ!」
「はい。お返しします」
「も、元の長さに戻ってる! 強度も硬いままだ!」
「先生は見当違いをしています」
「確かに見当違いをしておりました。チヅ子さんがこんなにも多様な神通力をお持ちとは、それも見た事がない新たな神通力だ!」
「そういう意味ではありません」
「はて、それではどういう意味です?」
「私は福田先生を騙しているのかもしれませんよ。いえ、先生が信じ込み過ぎている節もありますが」
「何を仰いますか、私は『超自然現象積極的肯定派超心理学博士』です。いかに不可思議な事象であっても信じなくてはなりません。いいや、そもそも疑う必要もありません。チヅ子さんが私を騙すなんて考えられませんからな」
「いいえ、私は大ウソつきのペテン師です」
そして、福田博士は露骨に不機嫌な顔つきになった。
「……ああ、世間の貴女の評判のことですね。そんなものは無視なさい」
「無視もできません。耳を塞いでも聞こえてくるのです」
「そこまで気にする必要もないでしょう。貴女の力は本物なのですから。この私が保証します。そこまで自分のことを信用出来ないのでしたら、まずはこの私を信用なさい」
このときの心境を正直に言うと、福田博士のことを信じてもいいか、とも思った。
「この超一流大学教授、超自然現象積極的肯定派超心理学博士である私を信じなさい!」
でも、そのやたらと長い肩書が邪魔をしてそこまで信用できなかった。
「福田先生。そろそろお引き取り願いませんか?」
「え? ああそうですね。それでは──」
「どうせ明日もいらっしゃるのでしょう?」
「それはもちろんです。来るなと言っても来ますので」
「でしたら明日はとびっきりをお見せします」
「ほ、本当ですか!? それはまさか、あの『千里眼』でしょうか!?」
「……それはもうやりません。降霊術です」
「降霊術! まさかそんなことまで出来るとは!」
「ええ、一通りのことは大体できます。これでも人より器用なので」
「今ここで……、いや、我慢、我慢! まずは帰って今日のことをまとめなければ!」
「そうですね。お引き取り下さい」
「それでは、また明日」
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