第50話教会病院別室にて(4)

シスター・アンジェラが悲し気な顔で、話し出す。

「元君の実のお母様は、本多さん」

「ご実家は名古屋で、格式の高い、裕福な旧家」

「その娘が音大に入り、山岡さんと不倫の恋」

「子供が生まれたと言っても、とても世間には見せられない」


マルコ神父も苦しそうな顔。

「泣きながら、施設に来ました」

「ごめんね、ごめんね、と言いながら」

「だから聞きました」

「泣いて謝るぐらいなら、何故、育てないのですかと」


シスター・アンジェラが続けた。

「山岡さんは、妻には言えなくてと」

「本多さんは、実家の両親にも相談したそうです」

「その両親の返事は、名古屋で後ろ指をさされたくない・・・」

「高輪の施設も、馴染みの名古屋出身の国会議員を通じて」

そして、また目に涙を浮かべた。

「山岡さんは、一週間後にオランダに」

「本多さんも、ほぼ同じ時期、ニューヨークに」


中村がため息をつく。

「元君を捨てて・・・」

「自分たちの仕事や面子をか」

「日本から出てしまえば、後は野となれ山となれか」


吉村教授がマルコ神父とシスター・アンジェラに質問。

「そこまでご存知なら、元君の養父母についても?」

「とにかく、不自然なほどに、元君に無関心と思うのです」


二人の聖職者に視線が集まる中、まずマルコ神父が話し出す。

「元君の養父母は、既にお知りの方が多いけれど」

「今はフランスに演奏活動の拠点を置く、田中夫妻」

「その夫の出身は、名古屋です」

「それで、同じ名古屋の本多家とは、縁が深い」

「何でも江戸期からの主従の関係とか」

「これは養父の田中さんから、聞いた話です」


シスター・アンジェラが続けた。

「田中家から見れば、格上の本多家です」

「その本多家のお母様、元君から言えば、実の祖母にあたる方」

「本多家に元君を迎えることはできない、けれど、由緒ある本多の血を引く元君をいつまでも施設に置くことは、本多のご先祖に申し訳ないと思われたとか」

「それで、家来格の田中さんに元君を託した」

「音楽家つながり、その意識があったかどうかは不明です」

「もちろん、かなりの額の養育費を添えてです」

「養父となった田中さんも、逆らえず、元君を引き取ったのですが」


シスター・アンジェラは、ここでマルコ神父を見た。

マルコ神父が頷いたので、また話を再開する。

「ところが、養母となった妻は、非常に気が強い女性」

「夫が本多家に頭を下げるのも、実は気に入らない」

「今の時代で、ありえないとか」

「本当に引き受けるなら、本多家から億の金をもらえとか、私たちの前で怒り狂って、始末に負えないほど」

「田中さんも、そんな妻に何も言えない男」

「妻は、あなたが勝手に面倒をみなさいとか」

「私は。関係ないとか」

「お金だけは迷惑料として、もらう」

「もっと請求しろとか」

「それが当然とか」


マルコ神父が、シスター・アンジェラを、少し抑えた。

「千歳烏山の家も、本多家からの金です」

「もしかすると、元君の養育資金、養父母の生活資金を含めて、元君の祖母の金かもしれない」

「お父さん役の田中さんは、お母さん役の怖い妻の言いなりになって、何度も海外旅行に行って派手な生活、それも本多家の金から」

「ところが元君は、コンビニでパンと牛乳の生活」

「ただ、祖母の厳命で、学歴だけは、粗相がないようにと」

「それだけは、夫がその時期に戻り、始末をつけたようです」


しばらく、沈黙の時間が過ぎた。


マスターが口を開いた。

「身勝手な大人の思惑に振り回され」

「元君に、何の楽しみがあったのか」

「彼の目が光るのは、音楽の時だけ」

「それも、馬鹿な都議と尾高のために、前途をつぶされ」


そして、マスターは全員に頭を下げた。

「今まではともかく、今日、元君がこんなことになったのは」

「俺が原因なんです」

「俺は・・・元君に・・・」

マスターは下を向いたまま、肩を小刻みに揺らしている。


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