第58話
突然、非通知でかかってきた電話に首を傾げる。普段はそんな電話には出ないが、なんだか胸騒ぎがして通話ボタンをタップした。
「もしもし?」
偶然訪ねて来ていた由良くんは、私の様子を見て不思議そうにしている。
『なんで、あんたなの……』
唐突な言葉に間違い電話かとも思ったけれど──私はこの声を知っている。
「留美、さん?」
そう問いかければ、高笑いする彼女の声が耳をつんざく。うっすらと聞こえてくる電波の向こうの声に、由良くんも異常な空気を察したのか背筋を伸ばして真剣な顔つきになっている。
『あなたの愛する旦那様……“元”付けた方が良い?彼、きっと今苦しんでるわよ』
高らかに笑う留美さんを怖いと思った。
(洸さんが苦しんでる……?)
留美さんにとっても、彼は愛する人のはずだ。それなのに、何故愛する人が苦しんでいることを笑えるのだろう。
問いただす暇もなく切られた電話。ガタガタと震える私の手から携帯が滑り落ちる。
「行か、なきゃ」
慌てて立ち上がると、コートも着ずに家を飛び出した。
「ちょっと、美緒ちゃん!!」
呼びとめる由良くんの声なんて、今はもう聞こえない。
洸さんの幸せを願った。
洸さんの笑顔を望んだ。
それなのに、あなたが辛い思いをしてるのなら──私がいなくなった意味がありません。
もう、後悔させないで。
どうか、笑っていて。
ただの勘で彼の家へと来たのはいいけれど、彼がここにいるとは限らない。“苦しんでる”って言ったって、留美さんとただ喧嘩しただけなのかもしれない。
でもこの嫌な予感はいつまでも止まってくれない。後から追いかけてくれたらしい由良くんと一緒にエントランスを抜けた。
この間まで、自分の家だったはずのマンション。エレベーターなんて待っていられないから階段を駆け上がった。玄関は幸い開いていて、勢いよく靴を脱いで部屋に入っていく。
“幸い”開いていて──。
(違う、洸さんはそんな不用心な人じゃない)
家にいるときだって鍵は必ず閉める人だ。
洸さんに何かあったと決まったわけじゃないのに、なんだか泣いてしまいそうになる。
リビングを見渡すけど、誰もいなかった。でも床に落ちていたナイフと赤い液体が目に入る。
ゾクッと鳥肌が立った。
「洸さん……どこ……」
もう半泣きの状態で洸さんの姿を捜す。すると遠くから呻くような声が聞こえた気がして寝室へ向かった。
「洸さん……?」
ドアを開けると真っ先に見えたのはベッドの近くで倒れている洸さんの姿だった。
「こ、洸さん!」
彼の周りには夥しい量の血液が溜まっている。それが一体誰のものかなんて、一目瞭然だった。
「お、俺……救急車呼んでくる!!」
呼びとめる間もなく走り出ていった由良くん。今思えば携帯だってあるはずなのに、きっと彼も混乱していたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます