第52話


 実家へ帰った私を何も言わず受け入れてくれた両親には本当に感謝している。洸さんに伝えたように、自分に全て非があるからと離婚の意思を告げても「そうか」と頷いて、私を非難したりしなかった。


 あの後少ししてから、自分の書くべき欄を埋めて離婚届を郵送した。送るまでに少し時間要したのは、ペンを持つ手が震えてとてもじゃないけど書けなかったから。


 洸さんから送り返されて、役所に持て行けば全て終わり。


 だけど、1ヶ月経っても洸さんからも返信はない。それが何を意味するのか……考えることも疲れてしまった。



 離婚を前に、退職もした。洸さんと留美さんが幸せになっていくのを近くで見られるほど心は広くなかったから。それに、周りの同情の視線だって耐えられないと思うから。

 離婚が成立する前に、私は洸さんと繋がりのある場所から逃げた。



 鮮やかに色づいていたはずの私の人生も、あの日から色を失ったまま。終いには体調も崩してしまった。



 由良くんが定期的に様子を見に来てくれるけど、それ以外はほとんど実家に引きこもっている。




「──本当に、死んじゃうかと思った……っ」


 会社を辞めた次の日、私の携帯が繋がらなかったと血相を変えてやってきた由良くん。目に涙を溜めて発した彼の第一声には思わず笑ってしまった。携帯は電源を切っていたから繋がらなかったことが発覚して怒られてしまったのもよく覚えている。


 温かな由良くんの愛にはまだ慣れないけれど、いつかこの人となら寄り添って生きていけるのかな、なんて来るのかもわからない未来をぼんやりと描いたりもした。



(洸さん、こうやって一つずつ、あなたが消えていくのでしょうか)





「──おめでとうございます」


 最初は、何を言われているのか分からなかった。


 ここ最近、体調が悪かった。眩暈はするし吐き気はする。おまけにストレスからか生理が遅れていて、ずっと気だるい。そんなことが続いて、さすがにマズイと思って病院に行けば、信じられない診断が出た。


 もっと、良く考えるべきだった。

 ちゃんと考えていれば、わかったはずなのに。


 そっと自分のお腹に手をあてる。


「洸さんの、赤ちゃん……?」

 彼の手元に、私のものなんて一つも残してこなかった。それと同じように、私の手元にも彼のものなんて残っていない。そうじゃなきゃ、いつまでも未練を絶ち切れない気がしたから。


 でも今、ここに……私のお腹の中に、あなたのそばに居られたことを証明するものが宿っているんだ。誰よりも愛おしいあなた。あなたを愛した愚かな女がいたってこと。この命がその証拠なんだ。


 嬉しいけれど、複雑な気持ちなのも確かで。この子を父親のいない、女手一つで育てていかなければいけない。きっと寂しい思いをさせる。


 それでも、私に“産まない”なんて意思はこれっぽっちも思い浮かばなかった。


 そして同時に彼には伝えないことも、悟られてはいけないことも決心した。


 だって今伝えたところで彼の幸せの邪魔になってしまうかもしれない。この私の幸せも、彼にとっては苦しみの元凶になってしまうかも。もし、「堕ろせ」なんて言われたら?そんなの、絶対に嫌だった。決して望まれない子になんてさせない。


「私が、守ってあげるからね」


 洸さんに捧げるはずだった愛も、あなたに一生かけて伝えていくからね。






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