第35話
洸さんから「別れよう」と言われたわけじゃない。それなのに、洸さんに好きになってもらうために頑張ることすら、彼を縛り付けてることになってるのだろうか。
明さんの言葉はまるで洸さんが私のことを「好きになれなかった」と言ってるみたいで、「もう無理なんだよ」と言われているみたいで──力の入らない拳をぎゅっと握りしめた。
(人を何だと思ってるのよ)
私はただ、洸さんが好きなだけだった。洸さんだって、お姉ちゃんを諦めるために私と結婚した。お互いの目的が一致したからこそ今があるというのに、どうして私が彼の邪魔をしているみたいになってるのか理解できない。
「君がどれだけ洸を好きでも……君じゃ洸を心から笑わせることなんてできない。幸せにできないんだよ」
苦しい。苦しくて、息ができない。誰よりも愛する人の幸せを願うのに、それを叶えようと頑張ることすら許されないというのか。
「それができるのは、留美さんだけなんだ」
どうして彼がこんなに必死で留美さんの肩を持つのかが分からない。どうして私じゃいけないのか、分からない。分かりたくもない。
「洸が最近ずっと言ってる。『なんで美緒より先に留美先輩と出会わなかったんだろう』『なんで隣にいるのが美緒なんだろう』って。酷なことを言うようだけど……洸の心に、君はいないんだ、これっぽっちも」
“なんで隣にいるのが美緒なんだろう”?
“美緒より、先に留美先輩に出会わなかったんだろう”?
心臓が震えて、ぞわっと鳥肌が立つ。彼の心はとうに決まっていたのか。悩んでいたのは、留美さんと私のどちらを選ぶか──ではなく、私との関係をどうやって解消しようかといったところか。
涙をその目に溜めて私を見つめる明さん。
(ああ、きっと彼も叶わない恋をしているのかな)
留美さんのことを話すその苦しそうな表情は、きっと私と同じだ。少しだけ、彼の心境を理解することができた。
「君は強いんだから、洸が守らなくても大丈夫でしょう」
彼の気持ちは痛いほど分かるけれど、それでも私にだって譲れないものがある。
「なにも知らないくせに──。私がどんな思いで、どんな、気持ちで──」
私が何度、思ったと?
“私がお姉ちゃんにになれたらいいのに”
私が強い?何回泣いたか知っている?何度苦しんだと思っているのか。
その度に「洸さんに好きになってもらわなきゃ」と、「頑張らなきゃ」と心を奮い立たせて震える手を握りしめて。ただ、愛する旦那様のために──。
(明さんが、私たちの何を知ってるの)
「別れたら、満足ですか?じゃあなんでそれを洸さんに言わないんですか。洸さんが私のこと好きじゃないのなら、そんなの簡単でしょう?どうして、わざわざ彼のことが好きな私が、別れを切り出さなきゃいけないんですか?」
ぐっと作った拳はもう強く握りすぎて震えている。冷静を装うほど、体の中が激っていくのがわかる。
「それだと、洸は君に罪悪感を持ってしまう。留美さんと付き合おうとしないかもしれない」
確かに、私から別れを切り出したなら向こうにとって願ったり叶ったりだろう。彼らが悪者になることもない。
それが二人にとって最良なのかもしれない。
「明さんは……洸さんたちのことしか考えてないですけど、私だって人間です。心があります。私の気持ちなんて、これっぽっちも考えてないじゃないですか。最低です……!」
私の気持ちは?私の想いは?私だって人間だから。自分だって幸せでいたい。そう思うことは罪なのか。
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