第33話
そっとそのワンピースに袖を通すと、鏡に映った自分を見てなんだか涙が出そうになった。これが本当の私。お姉ちゃんの真似事をしていない、ただの私なんだ。
(これじゃ、ダメなのに。お姉ちゃんにはなれないのに……嬉しいと、思ってしまう)
「着替え、終わりました……」
恐る恐るカーテンを開ければ、腕を組んで壁に寄りかかっていた洸さんと目が合う。彼が目を見開いて驚いた顔をするものだから、もしかして似合っていないのかな……なんて思いが過った。
「ん。似合ってる。可愛い」
必要以上のことは言葉にしない彼が、そう言ってくれたから。嬉しくて本当に涙が出てきたのを必死で誤魔化した。
留美さんには告げたくせに、私には贈ってくれなかったあの日の言葉。私が欲しくてたまらなかった言葉はぎゅっと心臓を鷲掴みにした。
「買ってやるよ」
近くの店員さんに「これ、このまま着て行きます」と伝えてカードを渡す洸さん。
「え!?いいですよ!」
彼の素早い行動を慌てて止めようとするけれど、それを制止される。
「黙って着とけ。俺が選んだんだから」
少しだけ照れたような表情を見せてから、それを隠すように顔を背けた。私は何も言えず、ただただ胸を熱くする。
「ありがとうございます!!」
いつも貰っていたプレゼントも、嬉しかったのは嘘じゃない。だけど初めて“私を思って”選んでくれた贈り物は特別で、格別だ。
「いつもありがとな」
らしくない言動も気にならないくらい、幸せだ。微笑んでくれた洸さんに鼻の奥がツンとした。
(今日はご馳走を作らないと!)
彼からの思わぬ贈り物に舞い上がってしまった、私はサラサラと気持ちの良い生地を撫でながら小さく呟く。
「死ぬ時は、この服も一緒に燃やしてくださいね」
冗談めいて言えば軽く頭を小突かれてしまった。
「死ぬとか、簡単に言うなって」
(あ──そっか。洸さんにとって“死”はタブーだ)
でも私にとって、彼の心に留まっておけるならこんなに嬉しいことはない。お姉ちゃんほどではなかったとしても、彼の中で強い印象を残せたのなら──。
「洸さんに想ってもらえるなら、死んだって幸せだ……」
小さな声で呟いたけど隣にいる旦那様には聞こえていたみたいだった。
「──お前まで、俺を一人にするわけ?」
そんなことを言われたら、意地でも死ぬわけにはいかなくなる。洸さんは本当に狡い人だ。縋らせるのが上手い。
「洸さんは意外と寂しがり屋さんなので、あなたを置いて逝くわけにはいきませんね」
あなたが私を必要としてくれるなら、あなたのそばで支えたい。彼が「嫌だ」と言うまで、私はこの自信たっぷりな男を…寂しがり屋で優しい旦那様を愛し続ける覚悟なのだ。
「愛してます、洸さん」
その言葉も、いつかは伝えられなくなる日が来るかと思うと、悔いのないように何度だって言っておきたくなる。
だっていつか、あなたの隣にいるのは私じゃなくなってしまうかもしれないから。
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