第25話
留美さんが洸さんに好きだなんて言ったら、旦那様はどうするのだろう?
(──決まってる)
たとえ、お姉ちゃん本人じゃなくても──ずっと好きだった人なの。
ずっと想っていた人だもの。
そんな洸さんを、私はずっと見てきたんだから。
私はどうしたらいい?
洸さんを引きとめるの?縋って、泣いて、喚いて。世界でいちばん大好きな人を困らせるの?
(違うよ……違う)
私は何のためにここにいる?答えは出てるはずだよ。
私はあの人を幸せにしたい。欲を言えば私の手で。
だけど、それじゃダメみたいだ。
(好きになったのが、私でごめんね。今、隣に居るのが私でごめんね)
留美さんじゃ……お姉ちゃんじゃなくて、ごめんね。
「──洸さんが望むのなら、私は全てを受け入れます」
涙を堪えて彼女を見れば、口の端を上げて笑っている。その表情はひどく歪んで見えて、初めてお姉ちゃんと“似ていない”と思った。
「そう、いい子ね」
そう言って私の横を通り過ぎていく。ぽろりと落ちた涙が床を濡らすけど、漫画のようにヒーローは駆けつけてはくれない。世界で一番愛する人も、ドラマのように私を愛してはくれないのかな。
副社長室の前。
先ほど宣戦布告をされた彼女もそばにいることを承知で、洸さんに会いに来た。資料を手渡すと言う口実がまだあるから。
「ねえ……洸?」
扉の前で立ち止まり、ドアノブに手を掛けたところでそんな声が聞こえた。それはさっき私に向けていた冷たく見下すような声ではなく、甘えを含んだ男性を惑わすような魅力的なものだ。逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけれど、好奇心には勝てなくてドアの向こうに耳を傾ける。
「何?」
返ってきたのは紛れもない、愛する旦那様の声。そのまま扉を開ければいいはずなのに──私はそうしたっておかしくない立場のはずなのに、震える手は言うことを聞いてくれない。
「今の奥様が、私によく似た『美香さん』の代わりなら──それを私にさせてよ。奥様よりも私の方が似ているならピッタリでしょう?」
もしかしたら留美さんは私がここにいることを知っているのかもしれない。そう思わせるくらい、タイミングが良すぎる会話の内容にまた憎らしくなる。
それでも──期待してしまう私って本当に馬鹿だ。
「……ああ、確かにな」
わかっていたはずの答えが耳に入ると、どうしようもなく涙が出て来てしまう。少し上を向いて溢れてしまわないように──零れてしまわないように唇を噛みしめた。
「美緒がいい」なんて言葉は期待していない。分かっている。どんな言葉だったら救われたのか、私自身思いつきもしない。それでも……二人で過ごしてきた今までの時間が、少しでも彼の心に変化をもたらしてくれていたら。私のこの涙は、もっと意味を変えていたのだろう。
声を我慢することに集中していたからか、突然肩を掴まれてビクッと身体が跳ねた。
後ろから誰かが私を包み込むように抱きしめる。身を捩る前に、“彼”は私の耳を塞いだ。
「僕が、耳を塞いでいてあげるから──聞かないで……」
苦しそうに囁く。耳に触れた温かい掌は、辛く苦しい現実から逃れさせてくれた。
私のヒーローは愛する旦那様じゃなかった。私を愛してくれるのも、洸さんではない。
「由良、くん……」
私と同じような表情をする彼はただ黙って耳を塞いでいてくれる。そこから先は、何も聞こえなかった。
「この資料は、俺が渡しておくから──もう、帰った方が良いよ」
そんな温かな声以外には。
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