第24話


 今日もまた、旦那様の会社へ資料を届けにやってきた。ついでに会議に出ると言う由良くんと一緒だ。彼に資料を持って行ってもらってもよかったんだけれど、洸さん直々に連絡がきたものだから私が持って行くしかない──というのは口実で、少しでも彼に会える時間が増えるなら何でもしたいという乙女心が働くのだ。


 最近は資料を持って行くことが多くなり、自分の仕事は滞ってしまうが正直に言うと嬉しい。他の人でも良いことなのに、私に頼んでくれる。“頼みやすい”っていうだけの理由だって分かっているが、連絡が来る度に思わず頬が緩んでしまう。


 鼻歌交じりで浮足立っていた私に隣にいる由良くんは苦笑いしてるけど、こればっかりは仕方がない。


「じゃあ、俺はここで」

 由良くんと会議室の前で手を振って別れた。


 廊下ですれ違うお偉いさんたちに頭を下げられると未だに恐縮してしまう。もう会社中に私の顔はバレてしまっているから仕方がないけれど……副社長の妻なんだから胸を張って堂々としていろ、と言われているけれど、まだそれには慣れないのが現状だ。


「奥様」

 またか、と愛想笑いを張り付けて振り返ってみれば、身体が硬直した。見覚えのあるその人は今日も隙がない程に綺麗だ。


「……留美さん」



「少しよろしいですか」と言われてしまっては、頷くしかないだろう。そこまで強気ではいられない。

 渋々頷く私を見て、少し眉をひそめた彼女は人気のないフロアへと私を誘導した。





「洸と、別れてくれないかしら」

 その口調からはいつもの丁寧さなんて消え去り、上から目線の言葉はやはりお姉ちゃんとソックリだと感じる。また一つ、お姉ちゃんとの共通点を見つけて嫌気がさした。そのせいか、彼女の言葉の意味を理解するのに時間を要した。


「愛のない、結婚なんてするものじゃないわ」

 勝ち誇ったように口角を上げるこの人は──私たちの秘密を知っていた。


 あれほど仲のいい頼さんにも言っていない秘密を、この人には打ち明けたのか。

 彼女の言葉よりも、その事実にひどくショックを受けた。


 身体が震えるのは、怒りだろうか?焦りだろうか?

 それとも──恐怖なのだろうか。


「洸は、あなたを愛していない」

 私を見据えて、言葉を紡ぐ留美さん。その表情はずっと崩れることはない。


(やめて、やめてよ)


「私は、洸が──」

「やめてよ!!」


 強く発した言葉は、彼女の声を遮った。彼女の言葉を全て聞いてしまったら、私はたった一人の大切な彼を失ってしまう気がした。


 何度も夢見た、洸さんと愛し合って過ごす日々。どうして、他でもない貴女が邪魔しようとするの。


「お願いだから、私から洸さんを奪わないで……!」

 零れた願いは彼女には届かない。きっと、愛するあの人にも届くことはないのだろう。


「それで洸は幸せだと思っているの?あなただけが幸せならそれでいいの?」


(──そうよ、私は自己中な女だもの)

 でも彼は「それでいい」と言ってくれた。彼は私を「愛してみる」って言ってくれた。それの何がいけないの?


 私の心に翳りが広がっていく。そして同時に、洸さんのことだけを考えた。


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