第23話
家に帰ってからはすぐ床に着き、朝までぐっすり眠ってしまった。洸さんの食事もお風呂も何もできていなかったけれど、今日だけはと自分で言い訳をした。そんなことで怒る人でもないのはよく知っている。
朝日が眩しくて目が覚めた後、慌てて起き上がってリビングへ出れば洸さんはもういなかった。
(“もう”いない、のか“まだ”帰ってきていないのか)
そんな嫌な考えがよぎったけど、愛する旦那様を疑ってはいけない。
だって──帰ってきてそのままの格好で寝たはずなのに、知らないうちにパジャマに着替えている。無意識のうちに自分で着替えたのかとも思ったけど、下着は替わっていないしパジャマのボタンが一つずつ掛け違えているから。
きっと、旦那様が慣れない手つきで着替えさせてくれたんだと思う。クローゼットに掛かったスーツは、いつもと違う方向でハンガーに掛かっている。それすらも愛おしくて思わず自分のスーツを撫でていた。
出勤前、洸さんの会社へ寄って会議を欠席してしまったことを謝る。事情が事情だし、関係者の目の前で倒れたこともあって特に怒られることもなく、むしろ体調を心配してくれて穏便に済んだからホッと胸を撫で下ろした。
「美緒ちゃん!」
私の姿を見つけると、一目散に駆け寄ってくれる由良くん。彼も昨日の会議を欠席してしまったことを謝りにわざわざ来たんだろう。私のせいなのに、申し訳なかった。
「もう来ても大丈夫なの?今日ぐらい休んだほうが……」
「大丈夫だよ」
そう言って微笑むけれど、彼はまだ眉を下げて心配そうにしていた。
「熱は……」
そう言って彼の手が私のおでこに触れ、その温もりに不覚にもドキッとした。
「だ、大丈夫だって!心配しすぎだよ」
「そりゃ、するよ……。美緒ちゃんは、僕の──」
遠慮がちに合わされた目を見つめ返すと、照れたように眼をそらす。彼の言いたいであろうことを、私は聞いてもいいのだろうか。
「美緒」
彼の言葉の続きを待っていると、遮るようにして洸さんが現れる。あまりのタイミングの良さに身体が少し跳ねた。
「洸さん?」
「……川崎。人の嫁を口説くなよ」
冗談っぽく笑って言う洸さん。その瞳の奥は笑っていない気がした。
由良くんは苦笑いした後、「……まさか」と顔を逸らす。
「先に会社戻るね」
彼はまたいつものように爽やかに、私に告げて戻って行った。
心配してくれた彼に「口説くな」と言う洸さんに少しばかり違和感を抱く。そんなにも信頼されていないのか、私は。口説かれているのは、貴方だって同じだと思うのだけれど──当然、そんなことは言えない。
なんだか複雑な思いで洸さんを見ていると、由良くんの去っていく背中を見ていた洸さんの視線がこちらへ向いた。
「もう大丈夫なのか?」
「あ、はい。みなさんに迷惑かけたくないので」
そう言うと、彼はふっと笑う。その少し意地悪そうな表情が、たまらなく好きだ。
「そっか。お前のそういうところ、好きだけどな」
たった一言。それだけなのに、私の心はあまりに単純だ。洸さんがポンと私の頭を軽くたたく。
幸せだ、と思う。そして私は洸さんのその心のやわらかいところに触れて、身体中を震わせる。そうやって、日々募っていく「好き」にどうしようもなく振り回されてしまうのだ。
(大丈夫、大丈夫──まだ、頑張れる)
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