第20話
「──これで、よし」
掃除も洗濯も、念のためにお風呂やお客様用の布団も準備しておいた。そして料理もあまり手の込んだものはできなかったけれど、まあまあな出来となった。
ある程度区切りがついた時、タイミングよくガチャッと鍵が開く音がした。
「あ。帰ってきた……」
いつものようにスリッパの音を響かせて玄関に駆け寄る。ドアが開けば愛する旦那様と頼さん、そしてもう一人──ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべる男性がそこにいた。
「おかえりなさい、洸さん。いらっしゃいませ、頼さん……と──」
「明と言います。どうぞよろしく、奥さん」
明さんという方にもお辞儀をして、三人を迎え入れる。いつものように洸さんのコートと鞄を受け取り、ハンガーにかける。それからお客様である頼さんと明さんの分も丁寧に扱った。
「いやぁ、ほんとに良い奥さんだよねぇ」
慣れた手つきで洸さんのお世話をする私を見て、二人は感心する。特別なことはしていないつもりだが、どこか嬉しくて照れ臭い。
彼らをダイニングテーブルに促すと、今度は次々に料理を並べていく。頼さんが手伝おうかと申し出てくれたが、丁重にお断りした。
「うまそ~」
目を輝かせてくれる頼さんの表情を見れば、作った甲斐があったと思う。男の人三人が手を合わせて「いただきます」と挨拶する姿は何だか可愛らしい。
「あ、俺が好きだって言ったから肉じゃが作ってくれたの!?」
肉じゃがが視界に入った瞬間に頼さんが百点満点のリアクションを取ってくれるから、ふふっと思わず笑ってしまう。
「はい、お口に合うといいんですけど……」
そう言い終わらないうちに大きな口を開けて頬張る彼。見ていて気持ちがいい。
「うまい!」
親指を立ててグッドのサインをしてくれるから、たとえお世辞でも安心した。
「おい、美緒」
洸さんが怪訝そうな顔で私を見る。その視線だけでなんとなく、言いたいことが分かった。
「はい、洸さんの分はこっちですよ」
洸さんはニンジンがあまり得意じゃない。でも偏食はよくないからと、いつも彼の分のニンジンは小さく切ってある。この肉じゃがも同じだ。一つだけ違うお皿に入れてあるものを彼の前に出す。
「洸ってニンジン嫌いなんだ。副社長も意外とお子ちゃまだな」
頼さんが洸さんをからかうと、耳を赤くして「うるせえ」とそっぽを向く。そんな旦那様だから愛おしいんですよ、とは言えなかった。
「──美緒」
今度は何かと彼の手元を覗きこめば、手に取っていたのはだし巻き卵だ。「はいはい」と席を立って醤油を彼の前に出した。
「なんか、すげーな……」
ぽかんとする頼さんに首を傾げる私と洸さん。隣で明さんが深く頷く。
「うん、何も言わなくてもわかるって……まるで熟年夫婦だ」
頼さんに賛同した明さんの「なんで?」という言葉に、自分でもうまく返答できなかった。
「な、なんででしょう……私も、なんとなくしか」
しどろもどろになる私に、洸さんは目を細めて笑った。
「良い嫁だろ?」
二人に自慢とも取れる言葉を投げかけるから、私の顔はきっと真っ赤だっただろう。
「ホント、ずりーよ」
本気で羨ましがっている頼さんに、苦笑する明さん。私はどんな反応をしたらいいのだろう。
「──奥さんはさ、なんで洸なの?」
今まであまり会話に参加しなかった明さんが、突然私に向けて問いかけたから少し驚いた。
「一目惚れ、みたいなものですね。ほとんど初対面で私がプロポーズしたんです」
恥ずかしくて二人の顔を見れなかったけれど、頼さんは感嘆の声を上げた。
「じゃあ……洸は?奥さんのどこに惚れたの?」
意味有りげな明さんの口調。その表情はどこか冷めた印象で、この家に入ってきた時の顔とは全く違っていた。
──洸さんは、何て答えるのだろう。
洸さんは私に“惚れている”わけじゃない。それなのに、無駄な期待感を抱く私は胸を踊らせている。
今までのやり取りから察するに、彼らは洸さんの本当に愛する
「……さあ?こいつなら、いいって思ったんだよ」
表情なんて1ミリも変えない。この言葉が旦那様の本心であれば、こんなに嬉しいことないのに。
洸さんの言葉に、チラリと私に視線を寄越した明さん。その目がやっぱり何か言いたげで、何だか嫌な予感がしたのを慌てて振り払った。
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