第17話
スピーチも挨拶回りも、旦那様のサポートのおかげで何事もなく終えることができた。
だけど近い洸さんとの距離も、腰に回った手も、ふとした時に蘇ってくる彼女の姿のせいであまり嬉しくはなかった。
パーティーも終わり、お客様はほとんど帰ってしまった。自然と、私たちもお暇しようという話になった。
来た時は会社の関係もあってバラバラだったが、帰りはきっと一緒に帰るだろうと信じて疑わなかった。約束なんてしていなかったけど、夫婦なんだから当たり前だと聞きもしなかった。
「こ、洸さん」
断られないかと少し不安だったが、なんとか勇気を振り絞った。振り返った彼の表情を見るのが怖い。
「どうした?」
首を傾げる彼に恐る恐る問いかける。
「一緒に、帰れますか……?」
「ああ、いいけど……」
予想を裏切って、彼はあっさり首を縦に振る。私は胸を撫で下ろした。
「手、繋ぎたいです……」
前に「許可なんていらない」って言ってくれたから、今度は“お願い”をする。
「……ん」
そっと繋がれた手。それだけで、幸せを感じた。
──ああ、よかった。ここへ来て初めて、満面の笑みを旦那様に向けることができた。
──でも、それも束の間。私の幸せはいつも刹那的だ。
「洸!」
もう嫌になるくらい聞き慣れた声。声までも似ているとは、本当に嫌気がさす。
振りかえった、と同時に振り払うようにして解かれた手。もちろん、手を離したのは私じゃない。
彼女に手を繋いでるところを見られるのは、そんなに都合が悪いことだろうか?
「留美さん」
留美さんの姿を捉えてしまったら彼の視線はもう、私のところへは戻ってこないのを知っている。
「あ……ごめん、私一緒に帰る人がいないから洸を誘おうと思って……。そっか、奥様いるものね」
今日は私のお披露目会だから、私が彼のそばにいるのは当然のこと。
わかっているはずなのに、どうして平気な顔でそんな言葉を吐けるのだろう。
そんな寂しそうな顔をしないで。私から洸さんを取らないで。
そんな思いだけがぐるぐると回る。
洸さんは断ってくれる。私が先に約束をしていた。そうでなくとも、私は優先される権利がある。資格もある……はずだ。だから早く断って欲しい。
(……なんで、何も言わないんだろう)
旦那様は、眉間に皺を寄せている。留美さんに迷惑している顔じゃない。
寂しそうな表情をつくる彼女に、心を痛めている──そんな顔。
「私、これから用事があるので……。どうぞ、留美さんを送ってあげてください……」
そう言ったのは妻としての余裕?自信?そんなんじゃない。
チラリと見えた旦那様の表情に絶望感でいっぱいになったから。
私の言葉に目を見開いて驚く洸さん。
それから──ホッとしたような、嬉しそうな顔に変わっていく。
「それじゃあ、お気をつけて」
もう、笑顔すら作れなくなった。俯いたまま二人から離れると、洸さん達から見えない柱の陰から様子をそっと覗く。
私にはあんな風に見つめてはくれない。優しい眼差しをくれない。嬉しそうに笑ってもくれない。
(──私は、そこまで至らない人間だろうか)
見つめ合う二人を見ていたくなくて、私は駆け出した。
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