第16話
「あ、美緒ちゃん」
「由良くん……」
華やかな会場の中をとぼとぼと歩く、存在感なんてまるでない私を見つけてくれたのは優しい彼だった。
「わ……すごい。すごく、可愛いね」
私の格好を見てそうはにかみながら言う由良くん。胸が熱くなって視界がぼやけた。旦那様がくれなかった一言。大きな意味のあるその言葉には、胸を震わせるほどの喜びを感じた。
「ありがとう。そう言ってくれるの、由良くんだけだよ。その言葉だけで今日、頑張れる!」
にっこり笑って言うと彼は不思議そうな顔をした。多分、この会場にいる旦那様はどうしたのだと言いたいのだろう。
旦那様は、「可愛い」だなんて言ってくれなかった。元々そんな褒め言葉を頻繁に言う人ではないのは分かっている。だから、あの光景を見なければ洸さんの「似合ってる」で十分満足していただろう。
まだ、私の努力不足だったということだろう。お姉ちゃんには、到底及ばないのだと。
由良くんはなんとなく私の暗い雰囲気を察したのか、何も言わないでいてくれた。
「由良くんも、素敵だね」
グレーのスーツでやってきた彼はいつもの子どもっぽさなんてひとつも見せず、落ち着いた大人の男性らしさを漂わせている。
「美緒ちゃんに褒められたら、なんだって出来ちゃう気がするよ」
私の言葉ひとつで嬉しそうに笑った由良くんに、少しだけ救われた気がした。
「──あら、奥様?少しお手元が寂しいんじゃなくて?」
そう皮肉ったのはどこかの社長さんの奥様。社長の奥様は綺麗な人が多い。例にも漏れない彼女の手…正しくはその爪先は綺麗なネイルで彩られている。それに比べて私は特に整えてもいないのだから、そう言われても仕方はないと思う。
「私は、洸さんをこの手でお支えしたいんです。家事は全てこの手で行っていますから……。その妨げになりたくないですし、間違って洸さんのお食事に装飾されたものが入りでもしたら……と思うとどうもできなくて……」
言い訳にしかならないけれど、そう説明すると奥様の目が見開かれた。
「家政婦さんを雇わないの?」
社長さんのお家では当たり前のことなんだろうけど、それだけは嫌なの。
「はい、自分でやりたいんです。洸さんのことはなんでも知っていたいので……」
赤の他人が旦那様の好物や拘りを知るなんて、私の妻としてのプライドが許せないんです。
「……ですが、こういった場ではやはり奥様のような華やかなネイルが必要ですね。あまり慣れていないもので、うっかりしていました。ご助言、ありがとうございます。今度、奥様お薦めのお店をご紹介いただけますか?」
それでも、爪先にまで配慮が行き届いていないなんて失態だと反省する。奥様には感謝しなくちゃ。彼女にとっては嫌味だったのかもしれないけれど、それを気付かせてもらったんだから。
次からはネイルも予約しないといけない。でも、元々私はそんなに美容に興味がないからネイルのお店には詳しくない。奥様ならばきっとセンスの良いお店を知っているだろう。
「ええ……いいわよ。あなた、とても素敵な女性なのね。広瀬副社長がお選びになった理由がわかりましたわ。私も、見習わないとね」
そう褒めていただいたから拍子抜けした。同じ女性から褒められるのは、やはり自信に繋がる。
「ありがとうございます!」
洸さんの会社の社長──彼のお父様は今は海外事業に力を入れて渡米しているから会社の経営は実質洸さんが背負っている。そんな副社長の妻たるもの、他の社長さんやその奥様とも交流しておけば、旦那様が困った時に何か助けになるかもしれない。
「いい奥さんじゃないか」
奥様の隣で呟いた社長さんまでもがそう言ってくれるからむず痒い。
「そう、ですね……」
洸さんも驚いたように私を見つめる。
周りに良い妻だって思ってもらえた。一つでも良い仕事ができただろうか。目が合った旦那様ににっこり笑いかければ微笑み返してくれた。
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