第15話


 そしてやってきた、パーティー当日。


 私は会社の上司とともに会場へやってきた。夫婦である洸さんと一緒に行かなければならないところだが、私のお披露目会であると同時に私の勤める会社との合併祝賀パーティーでもあるわけだから、私の希望で職場の人と向かわせてもらうことにした。


 旦那様のくれたドレスを身にまとい、彼から貰った真っ赤な口紅が似合うように化粧はいつもより大人っぽく施す。着飾った私を見て、旦那様はどう思うだろうか。少しは綺麗だと思ってくれると嬉しい。

 緊張と少しの期待を持って会場に足を踏み入れる。まだ招待客は来ていない時間、会場の中には関係者しかいない。


 愛する旦那様の姿はすぐに見つかり、嬉しくて駆け寄ろうとする。彼の目線が忙しなく辺りを見渡しており、私を探してくれているかもしれない、と思ったのも束の間──。彼の表情が何かを見つけたようなものに変わり、私のいる場所とは全く違う方向へ足を進めた。

 何も考えず、私は彼の後ろをついていく。でも、そんなことしなければよかったと後悔しても後の祭りだ。だって彼が見つけたのは──。



「かわいいじゃん」

 お姉ちゃんに良く似た彼女。納得したくないのに、どこかストンと胸に落ちた気がした。


「ありがとう、洸」

 ただの秘書と副社長としての関係なのに、どうして呼び捨てなのだろう。私よりずっと後に出会ったはずなのに。相手は既婚者で、上司なのに。

 それは洸さんの指示なのだろうか。お姉ちゃんもそう呼んでいた?



“どうして、私よりも先に、会いに行くの?”

“どうして、妻以外の人に可愛いだなんて言えるの?”


 普通ならそう問い詰めてもいい関係のはずなのに、それが言えない。

 二人並んで歩く旦那様と留美さんがとてもお似合いで、お姉ちゃんともこんな感じだったのかとまた嫉妬が募る。


「おや、副社長。こちらが噂の奥様ですか?」

 二人に近づいた関係者の方であろう年配の男性がそう問いかけた。

「……そう、見えますか?」

 そう笑って言った洸さんに、胸にズシンと重い何かが圧し掛かった。「違うんですけどね」と否定はしてくれたのに、私の気分は晴れない。


「それは失礼。とてもお似合いだったもので」

 この人も私と全く同じことを思ったんだ。私だけじゃない、第三者から見てもお似合いな二人。



 しばらくすると留美さんが彼から離れたため、少しホッとする。それでも彼に近づく気になれず遠くから見つめていると、私に気がついた旦那様が歩み寄ってきた。

「美緒」

 いつも着崩している仕事用のスーツとは違って、オシャレなスーツ。だけど黒が好きな彼らしく、やっぱりシャツまで真っ黒なコーディネート。ネクタイだけは柄物で、髪もセットされていて本当にカッコいい。


 ──それなのに、胸はひとつもときめかない。

 私に目を向けて、私のそばに来てくれるのに……喉の奥が熱い。


「洸さん……とても、素敵です……」

 さっきまで彼女に向けていた瞳に私が映っても今は空しいだけ。


 でもそれを悟られてはいけない。こんな醜い感情を表に出してはいけないのだ。今日は洸さんの妻として、きちんと務めをこなさなければ。

 そんな風に考えて自分を鼓舞するが、思い出すのはさっきの留美先輩との会話だった。


「遅い」

 洸さんは私の目の前で足を止め、短い一言を発した。色々と想像していたけれど、第一声がそのたった三文字だとは。思わず笑ってしまいそうになった。


 私の格好を見ても、彼は何も言わない。期待は脆くも崩れ去り、瞼が震える。

 たった一言、私に告げるのは難しいだろうか。

 拳を握りしめて耐えるほど嫌だったはずなのに、瑠美さんと同じ言葉でもいいから欲しかった。

 そんな私は我儘なのだろうか。


「すみま、せん……」


 それから先も、彼が私に対して何か言うことはなく、近くの壁に凭れかかっている。


 あまりに惨めだった。そんな自分をどうにか奮い立たせて、自分から聞いてみることにした私はとんだ勇者だ。


「ね、洸さん。これどうですか?」

 あなたが贈ってくれたドレスのスカートを摘んで冗談ぽく問いかける。彼はチラリと私の服を見て、なんの感情もこもっていない声で言った。

「ん、似合ってんじゃね?」

 そしてどれだけ待っても、その後に私の欲しい言葉は続かなかった。


 ああ、そうか。心の中で頷く。


「ありがとうございます……!ちょっと、お手洗いに行ってきますねっ……」

 頑張って笑ってみたけれど、きっと笑えていなかったと思う。


 だけど、それでもいい。どうせ彼は見てないだろうから。


 嘘でも「可愛いよ」って、言ってくれていたら。こんなにも、留美さんと比較して劣等感に苛まれることもなかったのに。


 彼女は“可愛い”けれど、私はそうでないんですよね?自分でも卑屈になっているのは分かっている。

 彼女のドレスは紺のスレンダーライン。そのスタイルの良さを際立たせている。そして口元は真っ赤な口紅で彩られていて、私よりずっとその色が似合っている。


 ──これ以上、惨めにも卑屈にもなりたくなくてその場を抜け出した。



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