第12話
「合併!?」
出社して早々、社員全員を集めてのミーティングが行われた。その内容は、ある大手企業との合併が決定したということ。合併と言っても、その企業の傘下に入るだけでオフィスはそのまま。
資料なんかを時々その企業へ持って行ったり会議には参加しないといけないそうだけど仕事内容は大きく変わることはないらしい。特に支障はなく、社員たちも安堵の表情を見せる。
だけど、私にとってそこは問題ではない。
「副社長自ら、挨拶したいとのことで直々にお越しくださったんだ」
上司の言葉に頭を下げるのは──。
「どうも。副社長の広瀬です」
そう、会議室に集められた社員たちの前に立つのは──私の愛する旦那様だ。合併の話も、彼がここに来ることも、何も聞かされていないから驚きすぎて声が出ない。
隣に座っていた由良くんは「ちょ、え?いや……え!?」と慌てふためいている。
私が結婚したことはみんな知っているけれど、相手まで詳しく伝えていないから目の前の“副社長”がまさか私の旦那様だなんて分かるわけもない。一度会ったことのある由良くんも、そんなに偉い人だったなんて知らないから動揺を隠し切れていない。
「いつも、私の妻がお世話になっています」
珍しく微笑んでそう告げるものだから、ざわざわと辺りが騒がしくなる。何を言い出すだろうと体が固まった。みんな、何も知らないというのに。
「美緒」
困惑と不安が押し寄せる私の頭の中。だけど、彼に優しく呼ばれたら許すしか選択肢はない。
「……はい」
ゆっくりと立ち上がって洸さんのもとに向かう。彼の隣の上司も驚きで目を見開いていた。
結婚式には職場の皆さんも呼ぶつもりだったから、いつかはバレること。注目されるのはあまり好きじゃないけど、ここは良い人ばかりだから大丈夫だと思った。
「妻の美緒から、いろいろと聞いています。ここはとても素晴らしくて働きやすいと常々言っていますよ。仕事面でも、期待しています。夫婦共々、これからもよろしくお願い致します」
丁寧に挨拶をして、お辞儀する旦那様の隣で慌てて私も深々と頭を下げた。パチパチと拍手が聞こえて顔を上げればみなさん笑顔で祝福してくれている。
「こんなに大物と結婚したんだねえ、美緒ちゃん」
いろいろと世話を焼いてくれる先輩も
「改めて、おめでとう」
上司である先輩も、優しすぎて涙が出そう。
「ありがとうございますっ!」
にっこり笑ってお礼を言ったら、隣にいた洸さんが少しだけ驚いた顔をした。
「……お前、すげえ愛されてんだな」
ぽろりと零された彼の呟き。それがまた嬉しくて「はいっ!」と満面の笑みを旦那様に向けた。
「──お前に笑うな、って言ったけどさ……あれ、撤回するわ」
会議室を出て、自分の会社へと戻る旦那様を見送る。私に背を向けて歩き出したかと思うと、その足を止めて振り返った彼。
「え……?」
放たれた言葉は思いもよらなくて、耳を疑う。
「笑顔は美香さんとは似ても似つかねえ。でも、その笑顔は好きだと思った。だから笑ってろよ」
初めて、彼が私にくれた“好き”。色々な思いが込み上げて、目の前がぼやけて映る。
そんなこと言われたら、笑いたくなくても笑えちゃうよ。あなたが望むなら四六時中だって、笑っていてあげる。
「お前のこと、愛せるように頑張ってみるわ」
そう言って微笑む洸さんが、さらに滲んだ。
──信じられなかった。
誰よりも愛する旦那様。
あなたが私を愛してくれる日が、来るかもしれないんですか?
そんな幸せなこと、あってもいいんでしょうか。
“君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな”
──以前なら、考えられなかった。
“あなたのためになら、捨てても惜しくないと思っていた命。だけどあなたに逢えた今となっては、できるだけ生きていたいと思うようになりました”
そんな、歌。
あなたのためにならこの命なんて未練もない。お姉ちゃんのように恋焦がれてくれるのだとしたら、死んでも構わないって思える。むしろ幸せだって。
だけど、あなたが私を“愛してくれる”と言うのなら。生きて、あなたの隣でいつまでも笑っていたいと思います。
──もしも、世界から洸さんが消えてしまったら。
私には生きる意味さえなくなってしまう。
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