第11話



 定時を終えて荷物をまとめると、すぐに階段を駆け降りた。


 理由なんて分かりきっている。窓から見えた真っ黒なベンツ──それは車には詳しくない私にもわかる、愛する旦那様のもの。


 会社を出てみれば、煙草を手に車に寄りかかっている洸さんの姿が見えてどうしても愛おしくなる。

「洸さんっ」

 走り寄ると私に気付いた旦那様が煙草の火を消して助手席のドアを開けた。

「……お疲れ」

 ぽんぽんと頭を軽くたたかれたら、疲れなんて一瞬でどこかへいってしまう。


「洸さんも。おかえりなさい」

 いつもの言葉。いつもの満たされた気持ち。


 車に乗り込んだ私を見てドアを閉めると、洸さんも運転席に座った。私のシートベルトを締めようと身を乗り出して近づく洸さんに胸が高まって、きゅうっと締め付けられる。きっと私の顔は真っ赤になっているだろう。


 紳士的な彼はやっぱり御曹司。エスコートもお手の物なのだ。

「……顔、真っ赤」

 そう指摘されて、笑われた。

 悔しくもならない。どうしたって、私があなたに胸をときめかせるのは止められないのだから。


「もう!好きだから仕方ないでしょう!」

 口を尖らせてそう言えば、そんな私を見て目を細める洸さん。それはまるで、愛する人に向けるような優しい眼差しの様で。期待してしまう自分を慌てて戒めた。





 ──高級なフレンチはとても美味しかった。そういうお店は今までお父さんとしか行ったことがなくて、結婚してからは洸さんと何度か行ったけれどまだ慣れなくて緊張する。洸さんの妻としてまだまだだなあ、と痛感した。まだ勉強しなくちゃいけないことも、経験しなくちゃいけないこともたくさんある。


 だけど、今は──。


「手を繋いでもいいですか……?」

 店を出て駐車場までは少し歩かなくてはいけない。その道中、勇気を振り絞ってそう問いかけてみた。洸さんは私の言葉に意地悪そうに笑う。


「夫婦なのに、許可がいるのかよ」

 憎まれ口を叩きつつも「ほら」と手を差し出してくれるから、その手のひらに自分のものを乗せた。ぎゅっと握られて彼のコートのポケットに一緒に入れてくれるからあっという間に温まる。

「ふふ……温かいです」

 近づいた彼との距離。それが無性に嬉しくて幸せな気分だ。

 大好きな旦那様の腕にぴったりとくっついてみれば反対の手でぐしゃぐしゃと私の髪を乱す。


「お前は些細なことでも幸せそうに笑うよな」

 呆れたように言うからまた口を尖らせる。

「ダメですか?」

 そんな私を見て「いや?」って笑う。片方の口角を上げるその表情にいつもきゅんとさせられるんだ。

「ほんと、俺のこと好きだな」

 そう言って微笑んでくれたら、私はこの人と結婚してよかったと心から思う。



 今は、ただ……あなたが私を好きになってくれるように頑張るのみです。



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