第9話
仕事もひと段落ついたところで両手を上にあげて思い切り体を伸ばす。時計に目を向ければお昼の休憩時間ジャスト。勢いよく立ちあがれば全く同じタイミングで由良くんも立ったのが見えて、顔を見合わせて二人で笑ってしまった。
「よし、行こうか」
財布と携帯を手に、オフィスを出る。「楽しみだな~」なんて子どもみたいに無邪気に言った由良くんは、いつも無表情で塩対応な旦那様とは正反対だな……なんて思う。
一緒に歩いていても私の少し前を歩く旦那様とは違って、隣で笑っていてくれるから何だか胸が温かくなった。
「──俺ね」
突然、少しだけ声のトーンを落とした由良くん。隣に顔を向ければ、彼は前を見据えたままぽつりと話し出す。
「ずっと好きな人がいるんだ」
さっきの答えから、彼が片思いしてるのはなんとなく察していた。「うん」とだけ相槌を打つ。
「その人は最近結婚しちゃってさ。その時は諦める決心もついたんだ。だけど……それが愛のないものだって聞いちゃったから、もうダメになっちゃった。決心なんてボロボロに崩れた」
ドクンと心臓が大きく動く。だって、それは──。
「ごめん、美緒ちゃん」
申し訳なさそうに振り向くから目頭が熱くなった。
「好きだよ、どうしようもないくらい」
──愛されるって、こんなにも温かいんだ。
洸さんも、私の愛の言葉で温かみを感じてくれているのかな。
「本当にさ、旦那さんが憎いよ。殺しちゃいたいくらい」
冗談ぽく笑って言ったけど、その気持ちもわからないでもない。
だって私が羨望する相手はもうこの世にはいないから、その思いは身を潜めているけれど……もしもお姉ちゃんが生きていたら私だってそんな風に思ってしまうかもしれないんだから。
「ごめんね、由良くん……私……」
「やだよ、謝らないで」
私の言葉を遮って、腕を掴む由良くん。
「いいんだ、僕は。美緒ちゃんが旦那さんといて幸せならそれでいいんだ。美緒ちゃんが言ったんじゃん、『好きな人の隣でいるだけで幸せ』だって。僕だって一緒だからね?」
ここにもそんな馬鹿な人がいたんだね。
愛する人に、愛されなくてもいい。ただそばにいるだけで、幸せだって。
そう、それが私たちの愛のかたち。
可笑しいって言われてもいい。馬鹿にしたって構わない。
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