第4話
本当にお姉ちゃんがそんなこと言ったの?今までそんな素振り、一つも見せなかったのに?
いつも私を見下して……お父さんもお母さんも、お姉ちゃんばかりを気にかける。私の欲しいものも好きな人も、全部奪っていっちゃう。
そんなお姉ちゃんが嫌いだった。結婚して家を出て、お父さんもお母さんもやっと私を見てくれて。清々したって思ったのに。
ふざけないでほしい。
お姉ちゃんのことなんて何にも知らなかったくせに、妬んでばかりで妹らしいことなんて何一つ見せなかった私の方がずっと最低だったなんて。
そんなこと、知らなければよかった。
もっともっとお姉ちゃんと本音で会話できてたら、お姉ちゃんのことも好きになれたのかもしれない。
いなくなってから知ったところで、もう「ごめんね」も「ありがとう」も言えやしないのに。
そんなことを考えていれば、私の意思とは関係なくポロポロと涙が出てきた。
「……やめろって。俺が泣かしたみたいじゃん」
そう言って丁寧にアイロンがけされたハンカチを差し出してくれる。
「ありがとう、ございます……っ」
……優しい、人なんだな。
「美香さんって誤解されやすいけど、いい女なんだよな」
彼は頬杖をついたまま、どこか遠くを見るように微笑んだ。
“笑った”
それが私に取ってあまりにも衝撃的だった。
私には無表情で、馬鹿にしたような目で見てきたくせに。
愛する女性を思えば、こんな顔をするの。
──さっきとは違う鳥肌が立つ。
苦しいほど胸が締め付けられたのは嫉妬の感情からだろうか。
こんな、何に対しても興味がなさそうな人はタイプじゃない。顔だって、もっと真面目そうな人がいい。性格は優しいに越したことはないって思っているのに。
ハンカチを渡されたくらいで惚れちゃうほど、単純な女じゃないのに。
──だけど、なんでだろう。
私も「愛されたい」って、「この人に、笑って欲しい」って──。
「この人しかいない」って、どうしてだか分からないけれど……そう思った。
「あの……私と結婚、してください」
そんなバカみたいなことを口走ったのも、ただの気の迷いじゃなかった。
──ねえ、洸さん。
私はきっと初めから、あなたに心奪われていたんです。
「……は?」
彼の反応も、当たり前だと思う。
今日は彼のいろんな顔を見れた気がして嬉しくなった。笑った顔も、今の驚きに満ちた顔も。すべてが私を魅了する。
「お前、何考えてる?」
信じられないとばかりに眉を寄せる顔ですらときめく。
もう私の心臓はおかしいのかもしれない。
──わかってるよ、自分でも馬鹿なことを言ってるって。
「……お姉ちゃんが、好きなんですよね?じゃあ、私を利用してください」
そう言えば彼は目を見開いた。だけどすぐに平静を取り戻して、しばらく何かを考えるとため息をつく。
「それでお前になんのメリットがあんの?」
──メリット?そんなの、一つしかないよ。
「あなたを知りたいと思いました。あなたを好きになりたいって、愛したいって思いました」
私たち、会ったのはこれで二度目。だけど、このまま終わらせたくなかった。
彼もここにいるってことは結婚相手を探しているってこと。たとえそれが彼の意思ではないとしても、一企業の御曹司である彼がそう自由に相手を選べるとも思えない。
ここに居る私は、その相手に成り得るということでしょう?
「だって、あなたは寂しそうな顔してるじゃないですか」
怒られたって構わない。でも、本当にそう見えたんだもの。初めて会ったあの日から、あなたはどこかへ消えてしまいそうなくらい儚いんだから。
私が繋いでいてあげる。あなたが消えてしまわないように。
「──わかった」
眉をひそめて、しばらく私を見つめたと思ったらそう答える。
絶対に、拒否されると思っていた。長期戦を覚悟していたのに。あっけなく放たれた了承の言葉に今度は私が驚いた。
「ただし」
どんな条件だって飲める気がした。
私はもう、あなたを好きになるって予感がしてる。
「俺、多分美香さん以外愛せねえよ?」
たとえそれが、叶わない恋だとしても。
「いいです、それでも」
決して勝てることのなかった。これからもお姉ちゃんに勝てることなんてないだろう。勝てなくてもいい──そう思ったのは初めてだ。
勝てなくてもいい。そばにいたい。
「ま、どうせいつかは好きでもない女と結婚しなきゃいけねえしな。……いいよ、お前と結婚する」
──それでも今はただ、彼のそばにいることを許された幸せを噛みしめていたい。
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