第3話
そしてやってきた、お見合いと言う名の取引。
最初は相手に興味などなくて、顔なんて見ていなかった。
「こんにちは、奥村美緒と申します」
ぺこりと上品に見えるようにお辞儀をする。お父さんの仕事のパーティーにも何度か顔を出したことがあるから、それなりのマナーは身についてると思う。
しかし顔をあげて相手の顔を見た瞬間──私が作っていた笑顔は見事に崩れ落ちた。
「あ、なたは……」
私の目の前にいたお見合い相手。
「──やっぱり、お前だったか」
それは忘れもしない、あの男。
今日も黒いスーツに身を包んでいる。この間と違うのは、中に着ているワイシャツまで真っ黒で、ネクタイは着けておらずボタンも首元が二つ開いている。
相手が私だと推測できていたようでガチガチに畏まった格好はしていない。真っ黒なスタイルだけど、ひどく似合っている。
私の姿を見た瞬間、正していた姿勢を崩して脚を組むと肘掛に凭れて頬杖をついた。
「……こんにちは」
挨拶すれば返事は返って来ずそっぽを向くその人。
「何だ、洸。知り合いだったのか。それなら話は早い。後は若い二人でな」
そう言い残して、「仕事が残っているから」と私のお父さんを連れて足早に去っていった彼のお父さん。さすが、大企業の社長様だ。
「……まさか、あなただったとは思いませんでした」
彼の向かいの椅子に腰掛けると、私に視線を向けた彼が射抜くように見つめるから心臓がバクバクした。
「本当に、美香さんの妹だったんだな」
ふっと笑うその意地悪そうな顔にもときめく。
なんて私は馬鹿なんだろう。
「そんな風に着飾ってたら、美香さんに似てるよ」
そう言ってお姉ちゃんの葬儀の時のように私を上から下まで見つめる。
──だから、比べないでよ。
言えるわけもない言葉を飲み込んだ。
「……美香さん、いつも言ってた。お前のこと」
目の前の男が、ふと思い出したように生前のお姉ちゃんのことを話し始める。
聞きたくなかった。だってどうせ、“出来の悪い妹”だって言うんだから。
──だけど、彼から放たれた言葉は信じられないものだった。
「『自分とは似ても似つかないくらい、いい子だ』って」
「……え?」
言葉を失った私にさらに優しく語りかけてくる彼のせいで涙腺が刺激されてしまう。
『──美緒は私のことが嫌いだと思う。お姉ちゃんらしいことなんて何一つしてあげられなかったから。……だけどね、私にとって美緒は何にも変えられない、大切な……世界で一番可愛い妹なの』
「……だから、“幸せになってほしい”んだってさ?」
首を傾げて、覗きこんでくる彼。その眼差しにさっきの鋭さはなくて、胸がきゅんとする。
それと同時に、ざわりと鳥肌が立つような感覚が全身を襲った。
お姉ちゃんの本心が彼を通して初めて見えてきたことがひどく切なくて。今更、それが分ったところで私には何もできやしない。
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