第6話 穢れ人②

「ほかにお尋ねになりたいことはございますか?」

 

 そういえばジュライは強大化した穢れは具現化すると言っていた。

 具現化した穢れにはそうそうお目にかかれないだろうが情報は必要だ。 


「強大化した穢れは具現化すると聞きました。具現化した穢れの姿形がわかるのならば教えてください。」


 情報を元にあらゆる事態を想定し、戦略を考なければ、怪我をするか最悪の場合は一気にあの世行きだ。

 さっきもかなりやばかった。私一人だったら完全にゲームオーバーだった。


「神子さまは騎士団の団長殿たちと同じことを聞かれるのですね。私が今までにお会いした女神子さま、男神子さまとはまるで違います」

 顔はほころばせ、柔らかな口調で語る。 


 しかし、その言葉に私は強い違和感を覚えた。


 __私がお会いした女神子さま、男神子さま__


 確かにジュライは私以外にも浄化の力を何人かに授けたと言っていた。


 セクリアさんの正式な年齢はわからないが60歳と仮定すると、60年間に最低でも2人の神子が召喚されたことになる。

 ジュライが浄化の力を授けた人は男女各一人ずつはいたということだ。


 それなのに世界の穢れは消え去っておらず、今もなお存在している。

 どういうことだ? 過去の神子は何をしていたんだ?

 それとも20年周期くらいで穢れの力は強大化するのか?


「セクリアさん、穢れはずっと現在のような状態なのですか? それとも周期的に力が強くなるのですか?」


 彼は首を左右に振る。

「私が幼少の頃は、今ほど強大な力はありませんでした。それが50年ほど前から徐々に力を増し、つい20 年前には今と同じくらいの力となっていました」


「20年も今と同じ状況が続いているのですか!?」

「そうです。とても長い20年です」


「この世界が穢れにより危機的状況に陥ったのは今回が初めてなんですか?」

「いいえ。歴史書には穢れが強大化し、神子さまの浄化の力により平かな世が戻ったとの記述が多数ございます」

 静かに語る彼の言葉は、絶望と希望がないまぜになっている。


「話がそれてしまい失礼いたしました。では改めて……。具現化した穢れですが騎士団の報告書によりますと、大きさは大小様々であり、姿は動物や昆虫に似ているそうです」


『おお! まさしく“剣と魔法の冒険ファンタジー“の世界!』

 漫画やゲームでしかお目にかかれなかった世界に自分がいる。

 嬉しさで目は輝き、胸が高鳴ってしまう。


「これらも穢れですので消し去ることはできません。弱らせるだけです」


「そういえば 、今まで穢れ人はどう対処していたんですか?」

「王宮魔術士団に所属する晴魔術士が理性を取り戻すまで魔力を注ぎ込み、穢れを弱体化しておりました。穢れの力が弱まれば、感染力も弱まります。しかし穢れが消え去ることはありません。穢れが取り憑いている状態のままです」

 

 そういえば、あの男もそんなことを言ってたな。

 理性を取り戻しても再発を恐れて絶望的な顔をしていた。完全に穢れが消えるなんて夢にも思ってなかったんだろうな。


「弱体化した穢れ人の再発にはかなりの期間を要していました。再発しない者もいました」

「再発しないこともあったの ?」

「はい。しかし、現在はほぼ再発していますし、その期間も非常に短くなってきております。そして再発した者は『中度以上の穢れ人』になっています」


 穢れが体内で強化、もしくは変異しているってことなのか。

 さっきのあの男で軽度なんだから、中度以上って一体どんなバケモンよ。


「現在は王宮騎士団の中級以上の騎士1名を含む騎士3名と晴魔術士1名の計4名でチームを組み対応しております」

 

 ここまで穢れの力が強くなってるってことは、もしかして……。

「そもそも、穢れを弱体化出来ない場合もあるんですか?」


 彼は「なんでそのことを!」という驚きの表情を一瞬だけ見せると、みるみる苦悩の表情に変わってゆく。


「神子様のおっしゃるとおり、昨今、人として生活ができる状態にまで穢れを弱体化できない事例が散見されるようになりました。そういった者が『害』と呼ばれるのです 」


 先ほど説明してくれた「重度」を超える最悪で最恐な状態。

 『害』とは穢れを弱体化できず、人に戻れない者の呼び名だったのか。


「害は……どう対処するんですか?」


 おおよそ考えられる選択肢は二つ。

 

 一つは幽閉。

 衣食住を与え、命尽きる日まで人目につかない場所に閉じ込めておく。

 

 あと一つは、死。

 人に取り憑いた穢れを消し去ることは出来ないが、穢れに取り憑かれた人を消し去ることはできる。

 その人に取り憑いていた穢れがどこに行くのかはわからない。

 もしかしたら、人という依代を失った強大な穢れが今度は具現化して怪物となるのかも。

 あくまでも 私の推測だが……。


 私は少し顎を引き、上目遣いでセクリアさんに視線を据える。

 彼は項垂うなだれグッと歯を食いしばった。


『さぁ、答えはどっちだ』


 彼の顔を刮目し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「……処刑……いたします」


 喉の奥から絞り出されたような声。


『……やはり、そっちか……』

 

 神官という職業ゆえか。

 今にも彼自身が罪の十字架に押し潰されてしまいそうな表情をしている。

 

 かける言葉が見つからなかった……。

 私が聞いたことなのに! 答えも想像できたのに!!

 この人は心から人を愛している。人を信じている。人を助けたいと思っている。

 

 罪を憎んで人を憎まず。

 だが、この世界はそんな悠長なことなど言っていられない状況まで来てしまっているのだ!


「セクリアさん! 私を騎士団の人と行動させてください!」

 ガバッと顔を上げた彼の驚いた顔。


「私がいれば今回みたいに穢れを浄化することができる! 穢れ人から穢れを完全に消し去り、助けることが可能です! だから、騎士団の人と行動させてください!!」


 強大な穢れが具現化した怪物退治も必要だが、まずは人を助けることが先決だ。

 騎士とともに行動できれば今回のように浄化することができる。


 怪物退治までに場数を踏みたいし、浄化の力を知り自由自在に使えるようにもなりたい。

 何事も小さなことからコツコツと! だ。


「お願いしますっ!!!」

 私は勢いよく頭を下げた。


 沈黙が二人の間に訪れ、カタカタカタカタという馬車の車輪が回る音だけが聞こえる。


「本当に……神子さまは今までの神子さまとは全く違うのですね」

 セクリアさんの声に頭を上げると、微笑む彼の両目が潤んでいるのが見えた。


「騎士団へは私が話をします。あちら側に断る理由はないでしょう。神子さまのご希望どおりになるかと存じます」

 ようやく彼に柔らかな笑顔が戻った。


 その笑顔を見て安堵したら、フツフツと怒りが湧いてきた。

 

『ほんっとうに! 今までの神子って一体何やってたんだ!? 速攻で怪物退治に行って死んだのか!? もし、本当にそうだったら呆れてものも言えんわ!』


「さぁ、神子さま! 王宮に着きますよ」

 窓の外に煉瓦作りの高い城壁が見え、奥にはヨーロッパのお城の様な建物が建っている。


「神子さま。ありがとうございます」

 突然、彼が真っ直ぐに私の目を見て言った。

 

 穢れ人を浄化したお礼かな。

 なんか、それとは違う感じだけど。まぁ喜んでもらえたみたい。よかった。


 あ、そういえば言い忘れるところだった。

「その神子っていうの、やめてくれませんか? くすぐったくて仕方ないんで」


 セクリアさんの顔が一瞬ポカンとしたが、すぐに真面目な顔になって

「そんな! 神子さまは『神子』さまです! 他の名で呼ぶなど恐れ多い!」

 私の目の前で、両手を大袈裟にブンブンと振る。


 拒否を意味するジェスチャー。これは元の世界と一緒なんだな。

 しかし、そんなに思いっきり拒否しなくてもいいのにと、軽くショックをうける。


 そもそも私は元の世界でも警察官という肩書きがひどく嫌いだった。

 「高原千穂」ではなく、「警察官の高原千穂」だから付き合っている人、寄ってくる人がとても嫌いだった。

 そういう人は警察官と友達である、知人であるということで何らかの甘い汁を吸う事が目的で、肩書に群がる人たちを私は全く信用も信頼も出来なかった。

 この肩書きがなくなった時、側に居てくれるひとはいるのだろうか? と、常に不安がつきまとっていた。


「私は『神子』である前に高原千穂という人間です! 肩書きで私への接し方が変わる人は信用も信頼もできません!」

 それが私の素直な気持ちだ。


 まぁ、肩書きが必要な時もあることはわかってはいる。さっきみたいに__。


「ですが……どうお呼びしたら良いのか……」

 困惑気味のセクリアさんをよそに、馬車は城門をくぐり敷地内に入った。


「タカハラ。もしくはチホと呼んでください。お願いします!」

「タカハラ……チホ……」

「そうです。タカハラ・チホです!」

 

 彼は少し首をかしげて考え込むと、

「どちらが神子さまご自身に与えられた名ですか?」

 と、問う。

 

 そうか日本は苗字が前で名前が後っていうのが当たり前だけど、海外では逆パターンが多い。この世界も海外パターンか。

 ならば、これからは「チホ・タカハラ」と言ったほうがいいな。

 でも、名前をちゃんと確認してくれるって本当に紳士だなぁ。


「チホが私個人に与えられた名です」

「ではチホさまと呼ばせていただきます。個人に与えられた名を呼ぶのは親愛の証です。私のことはこのままセクリアとお呼びください」

  

 馬車は美しく手入れされた庭を抜け、豪奢なエントランスの前で止まった。


「チホさま、着きましたよ」


 エントランス前にはセクリアさんと同じような衣装を身につけた人が数名、カラと同じ騎士服を身につけた人が数名、あとは一目で魔術士とわかるローブをまとった人が数名いた。


 まずはセクリアさんが馬車を降り、私が続く。

 私がステップに足を置くと、そっと手を差し出してくれた。


 パンツスタイルの警察官の制服に黒のスニーカー、足元に気をつける必要はないんだけど、女性に対するマナーなんだろうな。

 さすがは紳士!


「ありがとうございます」

「当然のことでございます」

 お互い顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。 


 私が地上に降り立ち正面を向いた瞬間、エントランス前にいる人全員が一斉に頭を下げた。

 

『ええーーっ!! ちょ、ちょっと! なんなのーー!! 』

 

 仰々しい出迎えに体と思考が固まり、私はその場に凍りついたように立ち竦んでしまった。

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