第5話 穢れ人①

「神子さま!ご無事ですか!!」

 顔面を蒼白にしたセクリアさんが駆け寄って来て、思いっきり両腕を掴まれた。


「お怪我はございませんか! 痛いところはございませんかっ!!」

『あなたが掴んでいる二の腕が痛いです』

 心配してくれるのは非常に嬉しいんだけど、そんな早口にまくしたてなくても大丈夫です。

 出来れば少し落ち着いてほしい。


「司教様、どうぞ馬車へ。王宮へ向かいます」

 カラは反対に落ち着き払っている。


「ああ、そうでした。私としたことが、お恥ずかしい」

 そう言うとセクリアさんは、やっと 手を離してくれた。

 ふぅ、助かった。


 ふとまわりを見ると、怯えと不安の表情をした人々が遠巻きに私たちを見ている。

 

「カラ」

 ツンツンとカラの腕を人差し指でつつく。

「なんだ」

「穢れ人がいなくなったことをあの人たちに伝えてあげてよ」

「あんたが言えばいいだろ」

 私が言って信用されるなら言いますよ! 信用されないから頼んでるのに!

 

 この世界の人にとって、見たこともない服装の私は不審人物。

 対して、王宮騎士団の制服を着ているカラは、騎士として周りの人から認識される。

 確実に、この国の騎士の言うことの方が信用されるに決まっているではないか!

 

 制服とは着用者の職業をしめすシンボル。

 制服の力は発言の信憑性を増大させる。

 転移前の世界で、その威力を嫌というほど思い知らされている。

 ……だからこそ!


「私が言うより騎士のあんたが言ったほうがみんな信用するから」

「まぁ、それもそうだな」


 そう呟くと悠然たる態度で大きく一歩前に出て高らかに宣言する。

「穢れ人はもういない。安心しろ!」

 

 彼の一言に人々がざわめき出す。

 だが、言葉を交わす者たちの顔から不安の色が消える気配はない。


 彼はざわめく人々をぐるりと見回して、面倒臭そうに「ふん」と鼻を鳴らすと、私の腕を掴み、グイッと引き寄せた。

『うわっ!?』


「ここにいる『神子』が穢れを完全に『浄化』した。よって感染の恐れはない」


 皆が私をじいっと見てくる。

「あいつらになんか言ったらどうだ」

 カラがフッと笑う。


 なんかって、なんだ!? 何を言えばいいんだ!?

 何を言おうかと頭を抱えていたが、ふと、先ほどの光景が頭をよぎる。


『あっ! あの投げられた女の人! 放ってきてしまった!!』

 

 「助けに行かなきゃ!」と思考が焦り始めるも、今すぐこの場から走り出すわけにはいかない。

 どうすれば……。そうだ!


「安心してください、穢れは『浄化』しました。それよりも怪我をした女の人がいます! 女の人を助けてください! お願いします!」

 

 勢いよく頭を下げる。

 頼む、頼むから。動いて!


 一瞬、辺りは静まりかえった。

 しかし、すぐに人々は如何わしい者を見る目を私に向け、ヒソヒソ話を始める。

 当然、誰一人として動く様子が感じられない。

 

 それもそうか、そうだよな……。私が『神子』だと証明するものは何もない。

 見たこともない服を着た不審人物の言うことなんて信用できっこない。当然だ。


 誰も動いてくれないなら、私があの女の人を助けるまで。

 どうか全身打撲程度で済んでいますように!

 

 頭をあげて再び走り出そうとした。

 そんな私の肩にそっと手が添えられる。セクリアさんだ。

 落ち着きを取り戻した彼は柔らかな笑みを私に向けると、凛とした立ち姿で皆の方を向いた。


「私は王宮第一神官の司教セクリア・カタスシアです。神託を受け、こちらにおられる 『神子』をお迎えにあがりました。この方は神が遣わしてくださった、紛うこと無き『神子』様であらせられます!」


 王宮第一神官の司教という肩書き、神官の制服、それらを全て持つ者が私を『神子』であると断言した。

 

 訝しむ声が一斉に消えた、辺りが水を打ったように静まり返り、世界から音が消えたかと思った刹那、


 うおおおおおおっ!!!!!!!


 静寂が一転し一斉に歓声が上がる。

 人々は狂喜乱舞し、辺りは大騒ぎだ。


「面倒な事になる前に行くぞ」

「神子さま、ささ、 早く馬車の中へ」 

 二人にうながされ足早に馬車に乗りこんだ。


『もう! 騒いでないで、早く女の人を助けに行ってよ!!』

と、思うも誰にも通じず、人々の大騒ぎはおさまる様子がない。


 急かされるまま馬車へ乗車し、続いてセクリアさんが乗車する。


 乗り込んだ馬車の中は古い電車のようで、ソファのような長椅子が向かい合わせに備えられている。

 

 カラが窓から車内の様子を確認すると御者台に座り、勢いよく手綱を振った。

 馬車がゆっくりと動き出す。


『座席がふわふわで振動をほとんど感じない……』

 田舎のツギハギだらけの舗装道路を走るミニパトより、格段に乗心地がいい。

 

 窓から外の景色が見える。

 いまだに騒ぎは収まっていないが、倒れた女性がいる場所へと向かう幾人かの姿が確認できた。


『あの女の人、たいした怪我でないといいんだけど……』

 私の心配をよそに、馬車はゆっくりとその場を離れて行った。



 馬車が進み、車窓からは先ほどとは別の活気あふれる町並が見え始めた。

 多くの人々が行き交い、屋台のような商店が並ぶ。


 コホンという小さな咳払いが聞こえ「神子さま」と呼びかけられた。


 夢中で外の景色を見ていて、完全にセクリアさんの存在を失念していた。

「あ……」

 夢中になると他の事が見えなくなる癖が、また出てしまった。

 

 姿勢を正し、窓の外に向けていた意識をセクリアさんに向ける。

 

 気まずい沈黙。

『えーと、私から何か言ったほうがいいよね……。まずは無茶したことを謝ったほうがいいのかな……』


「これからですが、神子さまには国王陛下に謁見していただきます」

 彼は真剣な顔で私を見つめ厳かな口調で沈黙を破った。


「謁見後は王宮内に神子さまのお部屋をご用意しておりますので、そちらでお休みください」

 完全なる業務連絡。

 そうれもそうか。彼はジュライに呼ばれ神子を迎えに来ただけの人だ。

 

 これからの私はどうすればいいんだろう?

 穢れの浄化が仕事であることはわかっている。

 穢れ人が現れたり、具現化した穢れが現れるまで自分の部屋で何もせず待機しているのか?

 

 そんなの…… そんなのって……。

『つまんないっ!! 暇すぎる!!』

 

 それに、王宮内に自室っていうのも警察官舎に住んでいるみたいで嫌だ!


「セクリアさん」

 私は彼に呼びかけた。

「セクリアと呼び捨ててください」

と、柔らかい笑顔を向けられた。

 

「いいえ。年上の人を呼び捨てには出来ませんので、セクリアさんと呼ばせていただきます」

 年上であっても嫌いな奴だったらいくらでも呼び捨てにするんだけど、セクリアさんに対して嫌いという感情はないので、呼び捨てになど出来ない。


『まぁ、年上を年上として扱わない奴もいるけどね』

 御者台にいるカラを小窓越しに軽く睨んでやった。


「神子さまが、そうおっしゃられるのでしたら……。敬称をつけてお呼びいただけること、誠に恐悦至極にございます」

 少し驚いた顔をされてしまった。

 おかしなことを言ったのか? まぁいいや。


「改めてセクリアさん」

「なんでございましょう」

「お願いと聞きたいことがあります」

「どういった事でしょうか? 私でお答えできることでしたら、何なりとお尋ねください」


 少しだけ背筋をピンっと伸ばす。

「まずはお願いです。王宮内に用意してくれている私の部屋を別の場所に変えてください」

 

 王宮内の者は神子が召喚されたことを知っているだろう。

 神子の存在を知る者ばかりの王宮内で生活するなんて監視されているも同じ。

 

 それこそ警察官舎と同じではないか!

 各部屋の住人のことは知り尽くされ、生活形態は自然と相互監視。

 噂は光の速さで共有される。

 そんな暮らしはまっぴらゴメンだ!


「王宮外では神子さまをお護りすることができません」

 やはり、そう来ますか。

 そりゃ、この世界を恐怖のどん底に落としている穢れを消し去る役割を持っているのだから護るのは当然か……。

 それでも王宮内は絶対に嫌だっ!!


「王宮の敷地内でも王宮から離れた場所がいいんですっ!」 

 なんとしても監視生活からは逃れたい!

 その気持ちが強すぎて、ついつい言葉に力が入ってしまう。


「仕方がありませんね。その件については王宮到着後に協議し、ご希望に添えますよう早急に善処いたします」

 

『やったー!!!』

 私は心の中で大きく一人万歳三唱をした。


「ありがとうございます!」

 一番の懸念事項が解決したことにホッと胸を撫でおろした。

 

 さて、ここからが本題だ。

 再び背筋を伸ばし、私は口を開いた。


「次は聞きたいことです。まずは『穢れ人』について詳しく教えてください」

 互いに真剣な表情。 


「私は先ほど『穢れ人』と対峙しました。行動を共にしたカラは「彼は軽度だ」と言っていましたが「軽度」とはなんですか?」


「「軽度」とは『穢れ人』のレベルです。取り憑いている穢れの強さによって『穢れ人』は呼び名が異なります。主に「軽度」「中度」「重度」の3種類です」


「じゃあ、さっきの『穢れ人』は最弱レベルだったっていうこと!?」

「そうです」


 あれで最弱レベル……。

 私は手も足も出せなかった。

 自身の無力さを思い返し、手が震える。


「「重度」を超えた最悪な状態の『穢れ人』もいます。その『穢れ人』は「害」と呼びます」

「「害」って……まるでその人自身が悪いみたいな言い方 ……」 


「そのとおりです。人は悪くはい。悪いのは穢れです。しかし「重度」を超えてしまった『穢れ人』はそう呼ばれるのです」

 彼はわずかに唇を噛んだ。


「また初めて『穢れ人』になった者を「初」。2回目以上の者を「再発」と言っています」


「『穢れ人』が暴れ、皆が逃げ出すことはわかります。しかし、暴れているだけの者からなぜあんなに遠くまで逃げる必要があるんですか?」

 

 向こうの世界でも暴れている者を遠巻きに傍観したり、動画撮影をしている者が多数いる現場には何度も行った。

 もちろん中には暴れている者を静止しようとする者がいたこともある。

 

 凶器を持たないただ暴れているだけの者から逃げるにしては、あまりにも距離を取り過ぎるのではないか?


「人々が遠くまで逃げる理由は穢れが近くの者にうつるからです。我々は「感染」と呼んでいます」


 カラが言っていた「感染」とはそういう意味だったのか。

 だから人々は、感染しないように必死になって遠くへ逃げたのか。

 

「なお穢れに取り憑かれた者が必ず「発症」するとは限りません。穢れに取り憑かれていながらも普通の生活を送っている者もいます」

「「発症」?」

「はい。穢れに取り憑かれ理性を失い『穢れ人』になることを意味する言葉です」

 なんか病気みたいな表現だな。


「最近ですが『特異な穢れ人』が現れたという話を耳にしました」

「『特異な穢れ人』? 今までの『穢れ人』とは何が違うのですか?」

「詳細は私も知りません。ただ、かなり厄介な相手だと聞きいております」

 

『特異な穢れ人』……。

 穢れは現在も進化しているということか。


 __この世界は今、この瞬間も、刻一刻と悪化しているのだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る