第4話 初仕事

 その時!


「きゃーーーーーーーーーっっ!!!!」

「うわーーーーっ!!!」


 なに!?

 いきなり耳をつん裂くような悲鳴が飛び込んできた。

 

 何かが起きている。それも良くないことが。

 長年培われた警察官としての勘がそう告げている。


 馬車に乗り込もうとしていた足は止まり、とっさに馬車の反対側にまわる。


 立ち並ぶ建物に挟まれた道を、多くの人々がこちらに向かって必死の形相で走ってきている。

 これは、確実に何かから逃げている。


 何が起きているのか、誰かに話を聞かないと。

 皆、必死で逃げて行き、足を止める者が居ない。


 誰か、誰かっ!


ふと、一人の男性が疲労し立ち止まるのを見つけた。

 これはチャンス! 急いで男性の元に駆け寄る。


「なにがあったの!」

 

 なぜこれだけの人々が必死に逃げているのか、何が起きているのか、全く見当がつかない。


 両の手を膝に置き、肩で息をする男性はチラリと私の顔を見た。


「なっ……なにって……けっ……けがびとが出たんだよ!」

「穢れ人!?」

 初めて聞く言葉だ。


「神子さま!!」

 声の方へ視線をやると、セクリアさんと御者が慌てて走ってきている。


「セクリアさん! 『穢れ人』って、何!」

「『穢れ人』とは穢れに取り憑かれた人のことです」

「この先に穢れ人がいるってことか」

 ただでさえ、鋭い目つきの御者がさらに目つきを鋭くして、人々が逃げて誰もいなくなった道を睨んでいる。


「あんたらは王宮にこのことを知らせてくれ。はれ魔術士が来るまで、穢れ人は俺が食い止める!」

 腰にさした剣の柄を握り、御者は穢れ人がいるという方向へと走り出した。


 すかさず私も御者の後について走り出す。


「神子さまーっ! 危険ですーーっ!! お戻りくださーーーいっ!!!」

 セクリアさんが必死な声で呼んでいるが、かまうもんか。


 穢れに取り憑かれた人がいるなら、私が行かなくてどうする!

 『浄化』のために、わざわざこの世界につれて来られたんだ。

それに、現場から逃げるなど私の信条に反する!!

 

 急いで走り出したのはいいんだけど、御者、めっちゃ足速いんですけど! 

 ついて行くというか、見失わないようにするのがやっとだ。


 前を走っていた御者がちらっと後ろを振り向いたかと思うと、走るスピードを落として、私の横に並んできた。

「あんた、怖くないのか?」

「何が?」

「穢れ人だよ」

「それ以外にないだろう」と言わんばかりの顔だ。


「私はついさっきこの世界に来たばっかりで何も知らない。穢れ人がどんな存在かも__だから、怖いかどうかなんてわからない」

 まっすぐ前だけを見て言う。


「それに「怖いから行かない」なんて通用しない仕事をしてたから。嫌な現場でも行くしかなかったから」

 

 夫婦ゲンカに親子ゲンカ、近所トラブルにクレーマー対応。炎天下や極寒、土砂降りの雨の中での交通整理。

 110番通報を聞いただけでゲンナリする嫌な現場だ。

 要は面倒臭い現場イコール嫌な現場ということ。

 それでも行かなきゃいけない。


 それらに比べたら、今私が向かっている場所は「興味をかき立てる」現場なのだ。

 

そもそも、「怖い」という理由で行きたくなかった現場は何一つ思いつかない。

 自殺の現場も事故の現場も「怖い」と思ったことは一切ない。

 自分のできること、自分にしかできないことを最大限やる! それが私のモットーだ。


 私は御者の顔を見て、自信に満ちた笑みを浮かべながら

「何より私の力、いるでしょ」

と、力強く言いきった。


「変わってるな、あんた」

 御者がフッと笑う。


「よく言われる」


 馬車のところから、500メートルくらい走っただろうか。道の両脇に所狭しと商店が並ぶ場所までやってきた。

 

 前を見ると、商品が並べられた台を、思いっきり蹴り飛ばしている男がいる。


「あれが穢れ人だ」


 御者は足を止め、その鋭い眼光で前方を睨む。

 彼の横に並び、男の行動を注視した。

 

 目が血走ってはいるが、別段変わったところは見受けられない痩せ型の男。


 男はフラフラと道の反対側にある店の前に行き、今度は並べられた商品を思いっきり払いのける。


 おいおいおいおい! 飲み過ぎで気が大きくなりすぎた酔っ払いと同じじゃないか!


 転移前の世界で見覚えのある光景に、私のテンションは一気に急降下した。


「あれは、軽度の穢れ人だ。見た目は一般人と変わらないが、穢れのせいで筋力が強化されている。下手に近づくと危険だ」


 ジリっと御者が男に向かって歩みを進め始めたその時

「あなた!」

と、男の背後から女が現れたかと思うと、男の腰にしがみついた。


「「!?!」」

 突然の女の登場に私と御者は驚き、進めていた足がピタリと止まってしまった。


「あなた、やめてーーっ!!」

 男は必死にしがみつく女の腕を掴むと体から引き剥がし、そのまま果物が並ぶ店へとぶん投げた。

 

 女の体は大きな音を立てて商品が並ぶ台に叩きつけられ、陳列されていた果物が弾け飛びバラバラと地面に落ちる。

 割れた木製の台の上には、意識を失いピクリとも動かない女の人。


 その姿を見て、私の怒りが一気に爆発した。


「てっめー! 今、何やったかわかってんのかっ!!!」

 とても女性の言葉とは思えないだろうが、警察官歴が長いとついつい言葉が乱暴になってしまう時がある。

 もちろん個人差はある。乱暴にならない人もいるのでご安心を。

 

 怒りの勢いで男に向かって走り出した時、私の横を御者が駆け抜けていく。


「邪魔だ! さがってろ!!」

「ちょっ!」

 

 私が何か言うよりも早く御者は男の前に立ち塞がり、そのまま鳩尾にボディブローを一発入れた。

 かなり重い一撃に見えたのだが、男は一瞬よろめいただけで直ぐに体勢を立て直し、御者めがけて殴りかかってきた。

 御者はその手を大きく払いのける。

 

 男の攻撃は武術の心得がある者の動きではないが、次々と繰り出される攻撃には常人を超える破壊力があった。

 壁に拳が当たれば壁が凹み、店のひさしを支える棒に蹴りが当たれば木っ端微塵に砕け散る。

 そんな男の攻撃を受け流しつつ、御者は的確に攻撃を当てていく。

 しかし男が倒れる様子はない、ほとんどノーダメージのようだ。


『これが、穢れに憑かれた者の力……とてもじゃないが私の出る幕は無い』

 私は御者の言葉どおり、邪魔にならないように一歩引いて見ているしか出来ない。

 とてもじゃないが、私の出る幕などない。


 激しい攻防が続く中、御者が男の腹に足の裏を押し付けて思いっきり蹴り飛ばした。

 徐々にダメージが蓄積されてきたようで、男は軽くよろめくと、ドン! とその場に尻もちをつく。


 その瞬間を狙っていたかのように、御者は男に手のひらをかざし「プレスウィンド!」と叫んだ。

 途端、グリーンに光る筋が大きな球体に変化し男の上に現れた。

 それはゆっくりと下降し、男を地面に押さえつけてゆく。

 最終的に男は潰れたカエルのように地に伏した。


「おい! 今だっ!! 『浄化』しろ!!」

 御者が私に向かって叫ぶ。


『ちょい待て! 浄化の仕方って『浄化の力』を武器に込めるやり方か、直接ぶん殴るしか知らないぞ!!』

 心の中で焦り叫ぶ。


 目の前の男は、なおも必死にもがいて立ち上がろうとしている。


「おい! 何をしている!! 怖気づいたのか!!」

 御者が急かしてくる。こうなったら素手でぶん殴るか?

 しかし今の戦いを見る限り、私が思いっきりぶん殴っても蚊に刺された程度にしかならず、とてもじゃないが男に憑いている穢れを消し去る威力はない。

 だからと言って御者が持っている剣に『浄化の力』を込めてしまったら、男ごと真っ二つだ。

 

 どうしたら__


 悩んでいる間に、御者が放った魔法がパシュンッ! という音と共に消え去ってしまった。

 地面に押さえつけられていた男はユラリと揺れるように立ち上がり、再び御者に襲いかかる。


「ぐはっ!!!」

 御者の脇腹に男の蹴りが入り、思いっきりぶっ飛ばされた体は建物の壁に叩きつけられた。

 ドサッという音と共に御者の体が地面に落ちる。


「御者!!」

 地面に落ちた彼の側にすぐさま駆け寄った。


「このくらい訓練で何度もくらってる。気にすんな」

 苦しそうな顔をしながらも、気丈にそう言い放つ。


『このままでは御者の体が持たない! 最悪、死んでしまう!』


 私が『神子』で『浄化の力』を持っていても、これでは何の役にも立てていないではないか!

 こうなったら……!!


「剣を貸して」


「どうするんだ」

「その剣に『浄化の力』を込めて、あいつを斬る」


「バカか!! あいつを殺すことになる!」

「女性にあんなことする奴は許せない!」

「あれは穢れに取り憑かれて理性がないからだ! あいつ本人の意思じゃない!」

「だけど、それしか『浄化』する方法がない!!」


 あの男が穢れに取り憑かれて理性を失っている事はわかった。

 自分の意思で暴力行為を行っているわけでない事もわかった。

 それでも私が知っている『浄化』の方法で、今あの男に対抗できる唯一の手段は武器に『浄化の力』を込めてぶった斬ることなのだ。


「あんたの腰の短い棍棒のようなやつ。それは使えないのか!」

 御者が私の左腰を指さす。

 左腰……? 

「はっ!」として慌てて自分の左腰に目をやる。


『あああっ!! けいぼおぉぉぉっ!! 忘れてたっ!!!』

 怒りで冷静さを失うと、こういう単純なことを見落としてしまう。 反省……はとりあえず後だ!


「使える! 使える!! 御者、ナイス!!」

 笑顔で親指を立てる。

「なんだそれ。変な奴」

 またしても、彼はフッと笑う。

 

 グッドのサインはこっちの世界では通用しないのか。

 あぁっ! 自分からジェスチャーはしないでおこうって、さっき決めたばっかだったのに!

 反省……ってこれも後回しだ!


 左腰に装着されている警棒を警棒つりからを引き抜き、右手で強く握った。

 ジュライに教えてもらったとおり、気を送り込むようにして警棒に『浄化の力』を注ぐ。


 その間にも男はフラフラとした足取りでこちらに近づいてきている。


 ボワァっと警棒全体が黄金の光をまとった。

「よしっ!!」

 警棒の先端を持ち、一気に伸ばす!


「来るぞ!!」

「了解っ!!」


 男が再び御者に掴みかかろうと、右腕を伸ばしてきた。

 御者はサッと身を引いてかわし、その腕を掴むと背中へ回して思いっきり捻り上げた。

 痛みがあるのか男の顔が歪み、男の左腕は必死に空中をかいている。

 おかげで腹がガラ空きだ。


 両手で警棒をしっかりと握り、力を込め、静かに息を吸う。

 剣道の「胴」を決めるイメージを強く頭に描く。


 剣道ったって、警察学校在学中の9か月間しかやったことがないから、なんちゃってもいいところだが、一通りの基礎は叩き込まれている。

 一線に出てからは全くやっていない。

要は約10年のブランクがあるってことだ。


 警察学校以来だが、いけるか? いや、いくしかない! やってやる!!

 

 男に目を据え、一気に間合いを詰めると、腹めがけて思いっきり警棒を叩き込んだ!

 

「ぐぐううぅうぅっわぁぁあっっ!!」


 男の口からうめき声が漏れ、ビクンビクンと全身が痙攣し跳ね始める。

 

 途端、男の体から黒い霧が勢いよく吹き上がり上空で黒い球体になったかと思うと、パァーーーンッ! と、まるで打ち上げ花火のようにキラキラときらめく金色の粒子が円形にはじけ飛んだ。

 

 男の体は糸の切れたパペットのようにクニャっとその場に崩れ落ちかけたが、御者がとっさに男の体を支える。


「こんな光を見たのは初めてだ。これが『浄化』ってやつか」

「そう……みたいね」


「お疲れ」

「そっちこそ、お疲れさま」

 互いの顔を見合ったら、なぜか笑いが込み上げてきた。

 二人して思いっきり大声で笑い出してしまった。


「うぅん……」

 御者に支えられていた男が気がついたようだ。


「こ、ここは!!?」

 慌てふためきながら、キョロキョロと忙しなく首を動かし辺りを見回している。

「元に戻ったな」

 御者が男から手を離すと、男は少しつんのめりながら御者から離れた。


「俺は一体……」

 体を乗っ取られた人間が正気に戻った時によく言うお決まりのセリフを男が口にした。

『このセリフ、本当に言うんだ』


「穢れに取り憑かれて暴れていたんだ」

「俺が!?」

「そうだ」

 意外そうな顔をした男に無性に腹が立った。


 「穢れに取り憑かれるなんて自分の身に起こるはずがない」という考えが表情に表れていたからだろう。

 穢れがはびこるこの世界では、いつ何時、誰が穢れに取り憑かれるかわからないはずだ。

 危機感が足りないんじゃないか? と疑いたくなる。

 まぁ、穢れを防ぐ方法があるかどうかは知らないが__


 目の前の男は震える両手で頭を抱え込んだ。

「俺は……俺はこれから穢れを抱えたまま生きていかなければいけないのか? また穢れに狂わされると怯えながら一生暮らさなければいけないのか!」

 再び我が身を穢れに乗っ取られる事に、男の顔は恐怖と絶望の色に染まっていく。


「その心配はない。おまえの穢れは『浄化』された。綺麗さっぱり無くなったから、再発の心配はない」

「えっ!?」

 顔を上げた男が、不思議そうに御者の方を向く。


「こいつが、っと、こちらにおられる『神子』さまが、穢れを『浄化』してくださいましたから、あんたの体に穢れは残っていない」

 御者のかしこまった言い方があまりにも似合わなくて、吹き出しそうになるのを必死で堪える。

 

 男の方はというと、目をまんまるにして私の顔を穴の開くほど見ているではないか。

 そこまで驚くことか?


「さて、『神子』さま。穢れの『浄化』も済みましたし、そろそろ馬車に戻りましょうか」

 御者は私の方を向いてフッと笑う。

 こいつ、面白がってわざとこんな言い方をしてるな? こっちは笑いを堪えるのが大変なのに……。


 まぁ、セクリアさんを放ったらかしにしたままだし、そろそろ戻らないと本当にまずい。

 私は御者のまねをしてフッと笑い、

「そうですね。戻りましょう」

と、わざとらしくお上品に答えてやった。


 私たちが来た道を戻ろうと男に背を向けた時

「ありがとうございました!!!」

と背後から男の大声が聞こえた。


 私と御者は顔を見合わせて「やったな」という無言の言葉を交わした。


「はぁ〜、『浄化』できて、ほんと良かった〜」

 まだ人の戻らない道を肩を並べて歩く。


「あんた、あいつを殺そうとしたけどな」

 隣を歩く御者がくくくっと笑いながら言う。

 こいつは、本当に口の減らないやつだ。


「御者! あんた、どう見ても私より年下でしょ! 少しは年上に敬意を持って接したらどうなの」

 そう、御者はどう見ても20代半ばから後半くらい。言ってみれば私の半分程度しか生きていない。


「そういうのは嫌いだ。神子の迎えだって嫌だった。どうせ威張り散らす奴か、オドオドしてる奴と思ってた」

「ご期待に添えず、悪かったわね」

「あんたは面白い。来て良かった」

「褒め言葉として貰っとく」


 遠くに馬車とセクリアさんの姿が見えてきた。

 セクリアさんは落ち着かない様子で、ウロウロと馬車の前を行ったり来たりしている。


「御者、名前は?」

 御者と向かい合い、彼に尋ねた。


 改めて彼を見ると、身長は私よりずっと高く180センチくらいありそうだ。

 濃紺色の襟足の長い髪に鋭い目つき、よく見るとなかなか整った顔立ちをしている。

 見た目は細身だが、穢れに取り憑かれたあの男にダメージを与え、あれほどの猛攻に耐えたのだから、かなり鍛えられているだろう。


「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだ」

 またしてもフッと笑う。これ、こいつの癖だな。


「チホ。タカハラチホ」

 そっぽを向いて答えてやった。


「俺はカラ。カラ・レイーニア」


 セクリアさんが私たちの姿を見つけ走ってくる。

 私はセクリアさんに向かって大きく手を振ると走り出した。


「王宮第二騎士団にいる。いつでも来い! あんたなら相手してやる」

 カラが私に言葉を投げる。

 私は振り向いて、カラを指さし

「あんた、生意気すぎ!」

と、思いっきり笑顔で言い放ち、彼に背を向け走り出した。

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