だからモブは嫌いなんだ
高校からの帰り道、友達と共にカフェに寄っていた。
俺の向かいには二人の友人が座っている。
二人とも小学生の頃からの付き合いで、なんだかんだ10年ほどつるんでいるような仲だ。
おそらく、一般的には気心の知れた間柄というヤツなんだとは思っている。
そんな二人に俺は一つだけ気に食わない事があった。それは、
「お前らさ、なんでまだ付き合ってないの?」
「「え?」」
お互いにケーキを食べさせ合っていた二人は、一緒にこちら向いた。
一人は幼馴染の女子、小林美鈴。あだ名はミリン。
もう一人も幼馴染の男子、浅間祥太郎。皆、ショウと呼んでいる。
「いや、だって、なぁ?」
ショウはミリンの方に視線を送った。
「うん、だって、ねぇ?」
ミリンも同じようにショウへと視線を返した。
そんな二人に対して俺はツッコミを入れないなんて事はできなかった。
「そうやって視線だけで会話するの止めてくれる? そんな事できるの熟練の夫婦とかだよ?」
こんな仲睦まじい、いや、どう考えても付き合っているような雰囲気を醸し出す二人を、俺はずっと見続けてきた。
三人で遊びに行っても二人は手を繋いでいたりするし、三人のグループラインでも愛の言葉を囁き合っている。
今日だって俺をカフェに誘っておきながら、こうやって目の前で二人だけの世界を見せられている。
そんな二人に俺は辟易していた。
途中から関係性が変わったとかでもなく、10年前の出会った時からずっとこんな感じだった。流石に多少の事には慣れていたが、二人が「あ~ん」をやり始めてから俺は少しだけイラついていた。
「お前らさ、誰がどう見てもカップルじゃん? 普段からそんなイチャついててさ……え、もしかして俺の事嫌い? 嫌がらせ?」
挑発するように二人に言葉を投げつける。
ミリンは怪訝そうな顔で返事をした。
「何言ってんの? そんなわけないじゃん。私たちって、何というか、三位一体の仲、みたいな……ね? ショウちゃん」
「そうだぞ、ミリンの言う通りだ。三人だからこそ、折れない矢になるんだよ」
言っている事の意味がわからないが、俺が居た方がいい、みたいな事を言っているような気がした。
それ自体は純粋に嬉しいのだが、俺が知りたい回答ではなかった。俺は一度ため息をついた後、
「ショウもミリンもさ、なんで俺を誘うんだ? 二人きりの方が気兼ねなくイチャイチャできるじゃねーか」
10年前も、以前も、最近もこんな事を言ったような気をするが俺は質問を二人にぶつける。
「何怒ってんだ? そりゃ幼馴染なんだし、誘うだろ、普通」
「もしかして、体調悪い? 私、頭痛薬とかなら持ってるけど、大丈夫?」
再びため息をついた後、このカフェの新作ドリンク『さくらストロベリー玉なんとかチーノ』を飲み干した。
もちろん、味などわかるわけがない。
「いや、うん、もういい……俺が悪かった」
何を言おうとも二人はこんな調子だ。どんな時でも俺をちゃんと友人として扱い、そして、目の前でイチャついてくる。
もちろん、ただの友人として見れば、二人とも信頼できる友人である事には間違いない。
俺が困っていたら手放しで助けてくれるし、相談をしたら親身になって話を聞いてくれる。
目の前でイチャつかないのであれば、こんなに良き友人はいないというのに。
そんな事を独り考えていると、ショウは急に変な事を言い始めた。
「そういや、後2か月か……」
ミリンもそれに続くように、
「あ、そっか、そろそろ始まるんだった」
俺は二人の言っている事がわからなかった。取り敢えず二人に聞いてみたのだが、
「なんか、あるのか?」
ショウは言い淀みながらも質問に回答する。
「あー、まあ、その、なんだ。別にもう会えないってわけじゃないが、三人で一緒に居られるのももう少しで終わりだなって」
ミリンも続くように、発言する。
「そっか、もうそんな時期なんだね……」
「お、おい、ちょっと待ってくれよ。何の事だかわからないん、だけど」
戸惑う俺にショウは、
「ああ、始まるんだ……『どきどきメモリアル2ndSeason』が……!」
「ええ、始まるわね……『どきどきメモリアル2ndSeason』が……!」
二人の発言は先ほどと同じように意味が分からなかった。だが、どきどきメモリアルという言葉には何か引っ掛かった。
その言葉を元に記憶を辿ってみるが、何も思い出せない。でも、何かを忘れている様な――
「あ、ああ!? 思い出した!? 俺が30年前にやった、ギャルゲー……」
30年前の記憶だなんてありえない。だって俺は高校生として生活をしているのだから。
現在16歳の俺が、そんな昔のゲームをやった事があるはずがない。そんな想いとは裏腹に、当時『どきどきメモリアル2ndSeason』を夢中になってプレイしていた記憶が蘇ってくる。
次々と湧き上がってくる記憶は、否定すれば否定するほど自分の記憶だという確信を得ていく。
「は、ははは、そうか。全部、全部思い出した……!」
俺が元々は50歳のフリーターだった事を。
毎日を生活するので精一杯だった事を。
彼女はおろか友人すらもいなかった事を。
唯一の癒しがギャルゲーだった事を。
他人から見た俺なんてただのモブだった事を。
「そうだ、コンビニバイトから帰る途中で、トラックに轢かれて……!」
轢かれた後の記憶はない。この世界で生を得てからは普通に、ごく普通の人間として生きてきた。
特に何があるわけでもなく、普通に生を謳歌していたはずなのに。
だが、ここまで気付いた事で自分に関する強烈な違和感を感じていた。
ただ一つだけ、普通の人間にはあって俺にないモノがあった。
目の前に居る二人だけが持っていて、俺にはないモノがあった。
そして、この世界の数人だけが持っていて、それ以外の人間にはないモノがあった。
「どうして……気付かなかったんだ……!?」
それは名前。そう、俺には名前がなかった。
誰でも持っている、そんな当たり前のモノさえも与えられていなかった。
つまり、俺という存在はゲームの背景としての存在であり、その他大勢の群衆の一人だった。
ショウはギャルゲーの主人公、だから名前があって当たり前。
ミリンはギャルゲーのヒロイン、だから名前があって当たり前。
俺はギャルゲーのモブ、だから名前がなくて当たり前。
「はは……俺は、転生しても、モブなのか」
目の前が停電したかのように、俺の視界は真っ暗になった。
掌編 鍛冶 樹 @kaji_itsuki
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