ルールは捻じ曲げるモノ
高校三年の夏休み、両親の都合で親戚の叔父さんの家に預けられていた。
お盆の時期だからか、足の生えたナスやキュウリが仏壇に供えてある。
そんな仏間の中で俺は一人勉強に励んでいた。
今年は受験の年だ。将来の夢の為にも、勉強をやりたくないなんて泣き言は言ってられない。
目標の大学に合格するためには、もっともっと勉強をしなくてはならない。
勉強如きに負けていては、法学部へ入学なんてできるわけがないのだ。
「よし、後は苦手分野を重点的に……」
「優く~ん! 何してるの~?」
突如後ろから秋姉さんが抱きしめてきた。
秋姉さんとは歳が近い事もあり、小さい頃から一緒に遊ぶことが多かった。
この仏間でもよく一緒に馬鹿な事をして叔父さんにおこられたものだ。
久しぶりに直接会った秋姉さんは、俺の首に顔をうずめてくる。
ちなみに直接会うのは久しぶりだが、連絡はこまめに取っているため、久しぶりという感じはない。
「秋姉さん……」
「ん? なあに?」
俺の首から顔を上げた秋姉さんは、前回会った時と違って茶色のショートボブになっていた。だが、今はそんなことよりも、
「俺のおしり触るの止めてくれる?」
「えー!」
秋姉さんはいつもこうだ。
昔から俺を見つけると抱き着いてくる。そして、俺のおしりを触るのだ。
だが、俺も今年で18歳になる。なのに、2歳上の女性が不用意に抱き着いてきて、おしりを触るなんて。傍から見れば、完全にそういったプレイをしている様にしか見えないだろう。
抱き着かれるのが嫌かそうでないかと言われれば、もちろん嫌なわけはない。それは高校生男子全員が頷く事だろう。
もちろん、今はそんな事に現を抜かしている暇なんてない。勉強をしなければならないのだ。
「まったく、秋姉さんは……っていいから早く手を離しなさい」
「もう……昔は結婚してくれるって言ってたじゃない」
「うん。それと俺のおしりを触る事とは関係ないよね?」
「でも、いつかはわたしのモノって事よね?」
「……ごめん秋姉さん、ちょっと勉強忙しいから」
「えー! 夏休みだよ? ちょっとくらい休憩してお姉ちゃんとお話しようよー」
久しぶりに直接秋姉さんと会ったのだから、一緒に遊んだりもしたい。
そうしたいのは山々だが、今は何を優先すべきなのかを間違ってはいけない。
「えーっと確か前回の模試でこの分野が苦手で――」
「えーん! 優くんがお姉ちゃんを構ってくれないよー」
20歳にもなって泣き真似をするのはやめてくれ。
今は勉強をさせて欲しい。
「…………」
「あれ、ねぇ? ホントに勉強する感じなの? お姉ちゃんをからかってるんじゃなくて? ねぇねぇ優くんってばー」
そう言って俺の気を引こうとしても無駄だ。
俺の勉学への意志は揺らぐ事はない。
「…………」
「ふひひ、若人のケツはええのう……」
だからって、激しくおしりを揉みしだくのは止めて欲しい。いやマジで。
そうやって俺が秋姉さんの責め苦に耐えていると、
「こーら、秋。優が嫌がってるでしょ?」
仏間の襖を勢いよく開けてでてきたのは、春姉さんだった。
春姉さんは昔から俺と秋姉さんの面倒をよく見てくれていた。
晩御飯を用意せずに飲み会に行った親たちの代わりに、料理を作ってくれたりしたのが春姉さんだった。
「あ、春姉さん、久しぶり。まあ、LINEではちょいちょいやり取りしてるけどね」
「あはは、たしかに。優、元気してた?」
「うん、おかげさまで……って、あれ。春姉さん、なんか大人っぽくなった?」
以前直接会った時はもっと全体的にゆるふわな感じだったが、髪型もショートに切り揃えられており、衣服もどことなく大人の女性という感じがした。たしか今年から雑誌の編集をしたり、取材をしたりする仕事をしていたんだったか。大人っぽく感じたのはそのせいなのだろうか。
春姉さんとも直接会うのは久しぶりだが、もちろん連絡はこまめに取っているため、懐かしいという感じではない。
「そっかな? 今年から社会人だからちょっとはビシッとしなきゃ、ってのは意識してたけど」
「なるほどね。前のゆるい感じも好きだったけど、キリッとした春姉さんもいいね」
「えへへ、あんがと」
春姉さんは笑いながら左手で後頭部を掻いた。
「そういや仕事はどうなの? 最近はやっとやりたい事をやれそう、みたいな事言ってたけど」
「やりがいはあるけど、結構大変かな? 書いた記事の人気が出ても、次に同じような記事を書いたらまったく人気がないなんて事はざらにあるしね」
バイトもした事がない俺は、仕事がどれくらい大変なのか想像もつかない。
俺が春姉できる事なんて労いの言葉をかける事だけだ。
「あー、そうなんだ。春姉さん、お疲れ様」
「ん、あんがと……優の特集組んで記事にしたら怒るかなぁ……?」
「なんか言った? 不穏な言葉が聞こえてきたような……」
「いーや、なんでも」
そう言って春姉さんは秋姉さんが居る反対側に座ってくる。
その後も俺と春姉さんが話をしていると、急に秋姉さんが大きな声を出した。
「ねぇ! ……春姉さん、何しに来たの?」
秋姉さんは春姉さんが来た事にどことなく不満そうだ。
「何って。もちろん、あたしの優に会いに来たんだけど?」
毅然とした態度で答える春姉さん。
「……あたしの? わたしの優くんに何用なの?」
「何言ってるの、秋? あたしと優は婚約してるんだけど?」
「優くんと結婚するのはわたしなんですけど?」
「「あ?」」
二人はお互いを睨みつけている。
喧嘩をしている様に見えるが、二人とも仲がいいのは知っている。じゃれ合っているだけなのだ。
なので、二人の事は無視して勉強を進めよう。
「……まずは数学かな」
数学の苦手分野を潰す事にした。微分積分が特に苦手だ。
辛うじて問題は解けても、何のために、どこで使う知識なのか皆目見当がつかない。実生活に紐づいていない様な知識を会得するというのは難し――
「「…………」」
左右の二人がじっと俺の事を見ていた、無言で。
先ほどまでやいのやいの言い争っていたのに、黙ったと思ったらこれだ。
「えっと、何かな?」
「優、本気で法学部目指してるんだね。あたし達が騒ぎ出したらいつも止めに入ってたのに、今日は黙々と勉強してた」
「うん、まあね。やっぱり、目標があるから、少しでもそれに向かって頑張らないとね」
俺が目指している大学の倍率は高い。そんな所に志願するのだから少しでも勉強して、実力をつけていくしかない。二人と一緒に遊びたいけれど、今後も二人と一緒に居るためにも勉強をしなければならないのだ。
「そっか、じゃあしょうがないね」
春姉さんはそう言って秋姉さんの腕を引っ張って立ち上がった。
「ちょ、ちょっと春姉さん! まだ優くんのおしりで満足……」
「ほら、いいから、行くよ」
「ちょっと、ねぇってば!」
春姉さんは秋姉さんを無理矢理に引っ張っていった。
さっきまで騒がしかった仏間に静けさが戻ってくる。
「ふぅ……もっと勉強しないと」
そうだ、俺は勉強をしなければならないのだ。
目的のため、ある程度の事を犠牲にしても法学部に入るしかないのだ。
そして法律を勉強し、最終的には法律を変えてみせる。
「俺が日本を変えてやる」
一夫一妻制という日本の制度を変えてやるんだ。
多夫多妻、それが今の俺に必要なルールだ。
春姉さんと秋姉さんの二人と結婚するにはそれしかない。
気合を入れるために両手で自分の頬を叩いた。
「よしっ……!」
決意を新たに、勉強に励むことにした。
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