相変わらずだね信長君
朝、ホームルームが始まる前、教室内の自席に座りながらため息をついた。
「どうしたの? 信長君」
隣の席から声が聞こえるが、今はそれどころではない。
男子高校生にとっては普遍的なこの悩みは、いつまでも俺、遠藤信長の頭を占領していた。
どれほど勉強してもこの悩みだけは解決するのは難しい。よくあるハウツー本やネットの記事を漁ったとしても解決策を講じるのは非常に困難だ。
自分の中には答えはなく、調べたとしても答えはない。であれば、他人に教えを乞うのが解決への近道になるのではないだろうか。
「菜乃嬢! 一つ聞きたい事があるっ!」
俺は先ほどの声の主である浅井菜乃に聞いてみる事にした。
「な、何かな?」
驚いた様子の菜乃嬢は、急いでメガネを直している。
「どうして俺ほどの人間が、モテないんだと思う?」
「えっと……はい?」
菜乃嬢は何とも言えない表情をしている。
高校に入ってから一年ちょっとの付き合いだが、彼女はたまにこういった表情をする事がある。
別に変な事を言っているつもりはないのだがな。
「勉強も、スポーツもできる、容姿だって悪くはないはずだ。それなのに、俺がモテない理由は何だと思う? こんな条件の男など女性にモテてしょうがないと思うのだがな?」
文武両道、才色兼備、容姿端麗、全ての要素を兼ね備えたのが俺だ。だが、どうして俺はモテないのか。
未だこの世にはわからない事ばかりある。。
現世でわかっていない事を明らかにするのも、もしかしたら俺の役目なのかもしれない。
「うん、そんな事言ってるからモテないんだと思うけど……」
「ふむ? そんな事とはどんな事だ?」
「相変わらずだね。信長君は」
長い黒髪を弄りながら返事をする菜乃嬢。
「ははは! 褒めても何も出んぞ!」
どうやら菜乃嬢も俺がモテない理由はわからないらしい。
「うーむ、菜乃嬢であれば理由を知ってそうだったんだがな」
「えーと、うん。あはは……」
苦笑いする菜乃嬢。
知らない事は恥ではない、そんな風に自分を恥じる必要はないぞ。
「ほら、菜乃嬢はそういうゲーム得意だったろ? 確かびーえるげーとか言うやつ」
「得意って言うか、好きって言うか」
「好きこそものの上手なれ、と言うだろう? 俺にそのノウハウを教えてくれないか?」
「え、男同士の恋愛で、いいの?」
びーえるげーとやらは男性同士の恋愛ゲームなのか。
「ふむ……それはそれで、あり、なのか?」
女性にも男性にもモテるというのも悪くないかも知れない。
なんて思ってしまったが故に、菜乃嬢のスイッチが完全にONになってしまった。
「ホッヒヒ!? じゃあオススメのゲームがあって凸を凹にINし続けないと死ぬっていう主人公が……」
早口で意味不明な言葉を発している菜乃嬢はなんだか楽しそうだ。
スイッチが入ると、堰を切ったかのように話し始める彼女は今日も平常運転だ。
ただ、急に奇声を上げるのは止めた方がいいのでは……なんて思いながら彼女を眺めていると、
「おいコラ、菜乃。朝から何変な事言ってんだよ」
小麦色の肌をした短髪少女がやって来て、菜乃嬢の頭を小突いた。
「それでTINがINして――あだっ? あれ、揚羽ちゃん?」
菜乃嬢の前に現れたのは斎藤揚羽だった。
部活の朝練を終えたばかりなのか、短く切り揃えられた揚羽嬢の髪はしっとりと濡れている。
「おはよう、揚羽嬢。朝から精が出るな」
「おはよ、信長。大会近いからね」
そう言ってニカッと笑う揚羽嬢。
彼女は陸上部に所属しており、欠かさず朝練にも参加しているらしい。
小麦色に焼けた肌はその練習量を物語っている。
「んで、何の話してたんだ?」
「んとね! 信長君が男同士の恋愛にも興味があるって話を――」
「ふむ? そんな話をした覚えはないんだが」
いくら何でも曲解が甚だしい。
「信長……いくらモテないからって……」
「ああいや誤解だ。一瞬だけ、そういうのもありかもしれないと思っただけで――」
「やっぱり思ってるんじゃん! やっぱりあたしじゃダメなのかな……」
落ち込む揚羽嬢を菜乃嬢がすかさず励まし、
「ダメじゃないよ! 信長君は普段強気だから受けがイイと思うんだよ!」
「ふむ。会話が成り立っていないな?」
とりあえず俺は、どんな会話をしていたか揚羽嬢に最初から説明する事にした。
時折、菜乃嬢が変な事を言ってくるがそれは全部無視した。
ちなみにだが、俺は『受け』がいいらしい。
受けがいいのは嬉しいが、俺と菜乃嬢の間で齟齬が生まれている気がしてならない。
「モテないねぇ……」
俺が説明をし終えると揚羽嬢は小さくぼやいた。
「ああ、そうだ。どうすればモテると思う?」
さっそく、揚羽嬢へと聞いてみる事にしたが、
「そうだなぁ、あたしだったら……弱みを握るかな」
「……弱み?」
「おう、弱みを握られたら従うしかないだろ? ほら、そうすれば取り巻きの出来上がりだ」
それはモテるとは言わない。ただ脅しているだけだ。
「清々しいくらいに卑怯な事しか言わないな、揚羽嬢は」
「へへっ、そんな褒めんなよ」
頬を掻きながら照れる揚羽嬢だが、全くもって褒めてはいない。
スポーツ少女なのにも関わらずダーティな考えしか持っていないのは、如何なものか。
健全な身体に健全な心が宿っていない。
「大会で不正なんてするんじゃないぞ?」
不安になったので忠告してみるが、
「ははっ、見損なうなよ? あたしがそんな事するわけないだろ?」
「ああ、そうだよな」
どうやら失礼な事を言って――
「そんな事たまにしかしないさ!」
「…………」
俺は揚羽嬢の眩しい笑顔を直視する事ができなかった。
彼女の陸上の過去の成績が一気に怪しくなってきた。
どう返事をしたらいいか困っていると、
「信長君、あのさ……」
「どうした、菜乃嬢」
思い詰めた様子の菜乃嬢。
「その、さ。モテるって言うのは一人の女性からだけじゃ、駄目かな? 例えばわたしとか……」
「駄目ではないが……」
やはり男児たるもの、ハーレムを夢見るのは必然。男とはそういう生き物なのだ。
「あ、あのさ、前から言ってるけど、わ、わたし、信長君の事、好きだよ? それじゃあ足りない?」
頬を紅くしながら想いを告げてきた菜乃嬢に俺は、
「ああ、俺も好きだぞ? 数少ない親友の一人だと思っているからな!」
俺は心を許した人間以外には悩みを相談しない主義だ。
相談されているという事を誇らしく思ってくれてもいいんだぞ?
「相変わらずだね……信長君は……」
「ん? 今日はやたらと褒めてくるな?」
先ほども似たようなやり取りをしたような気がするが、何を言いたかったんだろうか。
「ふーん、信長にとって菜乃は親友なんだ……それじゃあ、あたしは?」
「ああ、それは――」
「いや、やっぱいい! なんとなく何を言われるかわかってるし……」
そっぽを向く揚羽嬢。朝練での疲れでも出たのだろうか。
「うーん……やっぱり、信長君は一度刺されないとわからないのかもね」
「菜乃嬢、いきなり物騒な事を言うのは止めてくれ」
どうして俺が刺される必要があるのか。
そんな事は俺がモテてモテてしょうがなくなってから起きて欲しい。
「揚羽ちゃん、信長君は今日も平常運転みたいだよ」
「はぁ……そうだな、いつもの事だしな」
相変わらず二人は仲が良いようだ。仲よき事は美くしき哉、とはよく言ったものだ。
そんな尊さを感じながら頷いていると、丁度担任の先生が入って来た。
俺達は喋るの止め、先生の方へと向き直る。
(今日も退屈な授業が始まるな……)
教室の前に掛けてある大きな時計を見ながら、これからどうするか考える事にした。
もちろん、既に学校で習う範囲は全て学習済みだ。今更教師から教わる事など何もない。さて、空いた時間を有効活用してやるとするか。
「ふむふむ……」
カバンからスマホを取り出し、ネット上の記事を読み漁る。
「……ねぇ? 何見てるの?」
菜乃嬢は先生に聞こえないように耳打ちしてきた。
「ん? ああ、今読んでるのは『モテる男のテクニック100選』だっ!」
スマホの画面を菜乃嬢に見せながら、内容について説明する。
俺はモテるために努力は怠らない男だ。親友である彼女には、それを理解しておいてほしいものだ。
「…………」
「菜乃嬢、どうした?」
「……ううん。相変わらずだね、信長君は」
その時の菜乃嬢は、菩薩の様な優しい笑みを浮かべていた。
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