25

家に着いたら、着いたで、沙耶はもっと手に負えなくなっていた。


「大虎だな」

「虎って何よ! 私はかわいい子猫ちゃんよ、ねえ、たま子」

「……」


俺が何か言ったら、火に油を注ぐ状態だった。

玄関の飾りの招き猫に話しかけ、抱いている。

酔いを覚ますのが先決で、水を飲ませ、落ち着かせるが、一度火が付いた沙耶をおとなしくさせるのは困難だった。

よほど胸にたまっていたらしく、思いの丈をぶちまける。


「ちょっと! お花畑種子は何歳なのよ!!」


やっぱり原因はそれか。

早めに説明をしておけばよかったと、この時ほど後悔したことはない。


「花畑薫子さんだ」

「はっ! 種子でも薫子でもなんでもいいわ、 何歳なの!」

「23歳だ」

「エロじじいじゃない!」

「じじいとは酷いな」

「そんな若い歳の女を召し抱えるとは。どうせ私は30のになるおばさんよ。ずっと彼氏がいなくて枯れかけていた女よ。第一ね、日本の男は若い女が好きなのよ。自分のたるみを棚に上げて、ぴちぴちした女ばっかり嫁にもらっちゃってさ。それで言い訳が、子孫を残すことがDNAとして組み込まれているんだとか屁理屈こねちゃって、ろくなもんじゃないのよ」

「……」

「私だってね、若い男が好きよ。今時の若い子は、酸いも甘いも知り尽くしてリードしてくれる熟女が好きだっていうじゃない。秘書課だって女ばっかりで、それだって社長の趣味が反映されてるんでしょ? 平野紫輝君みたいな後輩が入ってくれば、あっというまに彼は私の虜になるはずなのに、まったく入社してくる気配がないし。社長が裏で手を回して阻止してるに違いないの」

「平野紫輝?」

「知らないの? 王様と王子様よ」

「……アイドルか……」

「それに、今市君にだってなってくれないじゃない!」


どんどん話はへんてこな方向にいく。

前に酔っぱらったときは、可愛さ満点の酔い方だったが、今はどうだ?やさぐれた上にやっぱりとんちんかんなことを言って、訳が分からない。

言いたいことを言わせてすっきりさせてやろうと思っていたが、沙耶の口から出たのは、別れの言葉だった。

軽いめまいを起こしたのは嘘じゃない。

晴天の霹靂とはこういう時に使うのか。

俺は初めて感じる心臓の痛みに、胸を抑えてしまった。

大丈夫だ、沙耶は酒が入って正しい判断が出来ないだけだから、落ち着けば大丈夫。


「酔いを覚ましてから、もう一度話そう? な? こっちにおいで」


一瞬、俺の差し出した手を取ろうとしたが、思いとどまった沙耶は、さらに興奮してうっぷんを晴らしまくる。

その興奮したのが良くなかったようで、突然の吐き気が襲ってトイレに籠った。

心配でドアを叩いても開けてくれず、仕方なくリビングで待つ。


「それもそうか、吐いてるところなんか見せたくないよな」


心配でウロウロとしていると、やっとトイレのドアが開いて、げっそりした沙耶をソファに寝かせた。


「沙耶、水」

「……はい」


水を飲みながら俺を恨めしそうに見る。

ここまで悩ませてごめん。


「もう……許さないんだから……」


ぼそりと言って、眠ってしまった。


「ごめんな……」


眠ってしまった沙耶に、毛布と枕を置いて、一息つく。


「平野紫輝……だったか?」


俺の全く知らない世界。

沙耶に馬鹿にされるのも癪だから、調べてみる。

スマホで検索すると、すぐにその男は出てきた。


「こいつか……俺の方がいい男じゃねえか。まだまだ子供だ」


永遠に検索画面に出てくるアイドルを、見ている俺はなんなんだ。


「しかしキラッキラだな」


俺に足りないのはこのキラキラ感と、認めたくないが若さだな。

財力、地位、男らしさ、男気、信頼感などなにも負けてない。

そいつのグループも出てきて、5人組だと知る。


「やばい……みんな同じ顔に見える」


パーティーの招待客の顔と名前を覚えるのはあっという間だが、アイドル軍団の顔は全く覚えられない。

みんな同じ髪型、顔かたちに見えて区別がつけられない。まるでおそ松くん兄弟みたいだ。


「やばい、おそ松くんを想像する時点で、すでにやばい」


そういえば、女のグループもいくつかあったよな。

それもついでに検索してみる。


「やばい、やばい。分身の術じゃないかと思うほど、みんな同じに見える」


友達100人出来るかなじゃないが、どんだけアイドルはいるんだ?

団大競技じゃあるまいし、こんな大人数で踊って唄うところは、特技として履歴書に書いたっていい。

キラキラした若さ。それだけは勝てない。


「若いっていいな」


落ち込むくらいなら、調べなきゃよかった。

沙耶との年齢差を、少しだけ気にしている俺は、がっくりしてしまった。




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