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園遊会が終わったら、沙耶とどこかに行けないだろうか。

園遊会で出す賞品は、秘書課で考えてくれたらしい宿泊券だったが、遠出をしなくても近場で楽しめるなら、そういうのもいい。

そう思い始めたら、イベントや旅行など、二人で楽しめるスポットを検索し始める。


「二人が同時に休むと怪しいか? いや、俺が休むと沙耶が休みやすくなるから、人事に有休を消化するように言われていたんだから、かえって好都合かもしれないな」


しかしその前に、見合いの件を処理しなくてはならない。


「修二には言ったのか?」

「言ったよ、答えは一緒だ」

「今はおとなしくしている様だが、この先は分からんからな」

「若いうちに遊んでいるんだから、もう少しで落ち着くだろうし、心配することないんじゃないか?」

「甘いな、あれは一筋縄じゃいかん男だぞ」

「誰に似たんだ?」

「……」


黙っているところを見ると、親父も古傷があるみたいだが、触れないでおこう。

とにかく今は、親父も俺も、修二の存在を今は知られたくない。


「休みの約束を忘れるなよ」

「分かってる」


見合いの対応をする代わりに、休みを要求した。

せめて一週間は欲しい。

週末だけじゃなく、夏や正月だって返上しているんだから、これくらいのわがままは許されるはずだ。


「社長、明日の予定ですが、空港にお迎えに行った後は、こちらへ直行でよろしいのですか?」

「何時着だった?」

「昼頃の予定です」

「園遊会まで時間があるから、東京タワーとか表参道辺りなどをぐるりと回って、車の中からドライブ観光でもしてもらったらどうだろう」

「よろしいかと思います」

「そうしよう。車の手配とルートを運転手と詰めておいてくれ。観光場所はまかせる」

「畏まりました」


ランチが唯一のデートとなってしまっているが、沙耶は我慢をしているに違いない。

俺の彼女として、片腕としても欠かせない彼女がいるおかげで、なんとか園遊会までこぎつけた。


「社にお着きになりましたら、受付で名前をおっしゃってください。迎えに行かせますので」

『分かりました。楽しみにしております』


修二の見合い相手と電話を終えると、ドアをノックして沙耶が入ってきた。


「会場の確認を終え、控室と会場の準備も終了いたしました」

「……分かった」


やばい、こっちのことをすっかり忘れていた。パーティーやらゲストの来日でバタバタしていて、すっかり忘れてしまっていた。


「うっかりしてしまった」


修二の存在を知られたくないために、見合いのことを言えないのだが、花畑さんのことは言っておかないと、沙耶の性格からして、大いに勘違いをしそうな予感だ。

俺としたことが、すっぽ抜けてしまっているとは、そうとう疲れがたまっているのか、頭が許容範囲を超えてしまったようだ。

今日の沙耶はいつも以上に忙しく、詳しく説明をしている時間はない。


「仕方がない、後で説明をすればいいか」


なんて呑気に構えていたが、彼女なら理解してくれると思っていたのは俺だけで、沙耶はそうじゃなかった。


「お招きいただきまして、ありがとうございます」


招待した花畑さんが来て、役員に紹介する。

園遊会を楽しんでもらったあとで、親父である会長に挨拶に行く予定になっていた。


「こちらこそ、ご無理を言いまして」

「いいえ、人を介さずちゃんとお伝えするのが、礼儀と思いまして」


修二に聞かせてやりたい言葉だ。

せわしなく動いている秘書たちの中で、沙耶に視線を送る。それに気が付いた沙耶が、速足で来てくれた。


「御用でしょうか?」

「彼女に何か飲み物を」

「畏まりました。何にいたしましょう?」

「オレンジジュースをいただけますか?」

「畏まりました」


自慢できる俺の秘書。どこに出しても恥ずかしくない俺の秘書。


「とても綺麗な秘書の方ですね」

「恐れ入ります。とても有能な秘書で、助かっております」


やっぱり褒められる。

沙耶は、秘書の時と彼女の時ではまるで違う。

しっかりして芯の通った女性の姿である秘書と、甘えん坊で何も出来ないけど、可愛い彼女のとき。

いろいろな顔がある沙耶は魅力あふれる女だ。

褒める言葉がありすぎて困る。


「お待たせいたしました」

「ありがとうございます」


俺にはいつものコーヒーを淹れてくれたのかと思ったら、なんとアイスコーヒーを持ってきた。

ちらりと沙耶を見るが、知らんふりをしている。


「いただきます」

「どうぞ」


このうすら寒い夕方に、アイスコーヒーをいれてくるなんて、何を考えているんだか。

秘書が控えている方向を見ると、にっこりと魔女のほほえみを返した。

何かある、何か企んでいる。

コーヒーを飲むなと、俺の守護霊様が警告してくれている。


「お飲みにならないのですか?」


沙耶だけじゃなく、ここにもいた魔女が。

その一言は言ってはいけないかった。


「あ、いいえ、いただきますよ」


キンキンに冷えたアイスコーヒーをストローで吸い込むと、卒倒しそうな甘みが口の中一杯に広がった。

飲み込めない。甘いコーヒーは俺が一番嫌いな飲み物なのだ。

だが、いつまでも口に含んでいることも出来ずに、ごくりと飲み込む。

すぐに水を飲まないと、甘さでむせそうになる。

すかさず沙耶を見ると、すました顔で空を見上げていた。

やりやがったな。

褒める所しかないと思っていたこの俺に、ひどい仕打ちじゃないか。

覚えてろ、沙耶。落とし前はきっちりつけてもらうからな。

ゲストは大いに盛り上がり、園遊会からホテルへ戻って、交流をしようということになった。

もちろん役員たちも俺も、それは歓迎するべきことで、場所をいどうすることにした。

沙耶に視線を送ると、駆けつけてきた。


「場所を移すことにした。宿泊先のホテルでセッティングを頼む」

「こちらにいらっしゃる方……皆さんですか?」

「そうだ」


まさか令嬢まで行くとは思ってみなかったのだろうが、彼女は若いがコミュニケーション能力があり、場を盛り上げるだけじゃなく、社会情勢にまで精通して、飽きさせない話術をもっていた。

ゲストともざっくばらんに話をして、いつの間にか、輪の中心になっていた。

見かけはお嬢ちゃんだが、しっかりとした考えの持ち主で、修二にもったいない人だった。

移動する前に、沙耶に説明をしようと思ったが、激甘アイスコーヒーを淹れてきたから、知らんふりをしてやる。


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