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朝から社長は憂鬱そう。今までそんな顔を見せたことがなかったけど、気を許してくれているんだと思うと、何だか嬉しい。
「お支度は整いましたか?」
社長に声掛けをすると、見目麗しいタキシード姿の社長が現れた。
「素敵です」
オーダーメイドのタキシードは、社長の綺麗な立ち姿をより素敵に見せてくれる。
少しアップした髪に、キリリとした眉毛がなんとも男らしい。見慣れている姿だけど、何度見ても素敵で胸がときめく。前は秘書に徹していたから、褒め言葉なんか言えなかったけど、今は素直に言葉に出来る。
「マンションの鍵だ。好きなようにして待っていてくれ」
「分かりました」
鍵を受け取るために手を差し出すと、その手を掴んで引き寄せられた。やることがイケメン過ぎて私をどうしたいの? どこかに演出家がいるんじゃないのかと疑うくらい、やることがキザ。
「行ってくる」
「がんばって」
ふうっと深いため息が聞こえた。今までは一人で感情の処理をして来たのかもしれないけど、今は私がいる。少しは癒しになっているのかもしれない。
社長のカバンを持って、正面玄関まで見送りに行く。
タキシード姿の社長が歩くと、社員といえども堂々と歩くその姿に、くぎ付けになっている。秘書としても自慢だし、恋人としても自慢。
運転手の斎藤さんがドアを開けて、社長が乗り込んだ。
「おカバンはこちらに」
「ありがとう」
「いってらっしゃませ」
「ん……」
社長の乗った車を見送ると、私の仕事は終わる。
「さて、私も準備があるんだもんね」
別にサプライズでもないけど、私には社長が帰って来るまでに、しておかなくてはいけないことがあるのだ。秘書課に戻り早々に帰り仕度をする。
「ご機嫌ですね」
「そう?」
「滅多にない定時退社ですものね、どこかに行くんですか?」
「そうなのよぅ~、社長を送り出しちゃったから、久々に友達とご飯でも食べようと思って」
本当は違うけど、別に本当のことを言う必要もないから、適当に誤魔化す。
御無沙汰していたネイルに行って、食料を買い込む。週末のひとりご飯はなんだか虚しいから、買って社長のマンションで食べる。
「さて、片づけは済んだし……お先に失礼します」
「お疲れさまでした~」
誰よりも最後に帰る私が、一番に帰るこの優越感ったらない。いつもお世話になっているネイルサロンへと急ぐ。
「社長が帰って来るまで、約三時間。急がないと」
パーティーは三時間の予定だけど、すんなり帰って来られるかは不明。毎年行われるパーティーだけど、一度も同行したことがないから、社長の行動が分からないのだ。
企業のご婦人方が多いのはもちろんの事、そのご子息やご令嬢もいらっしゃるパーティーなのだ。芸能人並みに目立つ社長が、つかまって離してもらえないのではないかと、心配。
会社から近い場所のネイルサロンに入ると、いつも担当してくれているスタッフさんが出迎えてくれた。
ここは、個室形式でネイルをしてくれるので、とてもリラックス出来てお気に入り。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
「今日はお願いします。あの、少し時間がないので、急いでもらうことは出来ます?」
「がんばります」
いつもは出してくれるお茶を飲みながら、だらだらと話をして長居をしてしまう私だが、今日は時間がない。
座るとすぐにあることを言われた。
「なんか、雰囲気が変わりました? なんていうか、輝いて見えますよ?」
そうでしょう? そうだと思います。でも謙遜はしなくちゃ。
「いつもと変わりませんよ~」
「いいえ、長いお付き合いですから言わせていただきますが、恋してらっしゃるような……そんな輝きです」
「こほっ……実は……彼氏ができまして……」
「やっぱり! ますますお綺麗ですよ。今日は薬指にラインストーンでもつけます?」
にやりと笑うスタッフ。それに触発されてつい頷く。まったく抜け目がない。
いつもナチュラルな色にして、飾りは付けないけど今日は特別だ。
「お願いしちゃおうかな?」
「かわいくしますね」
「はい」
ネイルをしながら社長を想うひととき。いままでの高級化粧品に費やしたお金はなんだったんだろう。プラスに働いているということで納得する。
綺麗に仕上がった爪を高く掲げて見ると、婚約指輪を見ているような気分になる。
「きれい」
「ありがとうございます」
綺麗になってテンションがあがったまま、次に向かうのはデパ地下。夕方で混雑しているのは覚悟の上で向かう。
主婦の勢いに負けそうになりながらも、チーズ、フルーツ、大好きなローストビーフと買い込んでいく。
今夜は少し飲みたい気分だ。胃を悪くしてから禁酒をしていたけど、すっかり良くなったし解禁してもいい頃。
それに、なんといっても社長はタキシード姿。確かに見慣れてはいるけど、今日はまた格別。
かなり高くついたけど、料理を買い込んで社長に買ってもらったあのクルーザーで着たワンピースを着て待つつもり。
「んふふ」
また奇妙な笑いが出てしまった。周りに人がいることを忘れてはいけない。
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