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気温が乱高下していた。
先週は夏を思わせるような暑さで、夏用のブラウスを出して着たりして、クローゼットをせっかく綺麗に整理したのに、またぐしゃぐしゃになった。
今年の園遊会は異例の接待の場となってしまった。共同開発するアメリカの会社から、研究員が来日することになった。それに伴い、プログラムも大幅に変更されることになり、担当である広報課は、連日の残業で疲れ切った顔をしていた。
社長も同様で、警備体制などを新たに見直さなければならず、会議も長引く日が多かった。
来週には園遊会が開催され、アメリカからの客は園遊会の前日に来日して、ファイブスターが用意したホテルに滞在する。
宿泊するホテル側との打ち合わせもあり、多忙を極めた。大事なゲストを粗相のないようにもてなすために、綿密な打ち合わせも必要だ。
「沙耶は帰りなさい」
「私は秘書ですよ。社長がいらっしゃるなら、ご一緒いたします」
そう言うのは当然のこと。
「ご指示を」
「沙耶」
強い語尾で言うけど、ひるまない。
「だって……」
「……しょうがないな」
パソコンを閉じて、私の前に立つ。少し呆れた顔をしたけど、顔は笑ってる。
「ギュってして……」
会社だろうが、何だろうが、今の私は社長に抱きしめてもらいたい。秘書課も滅多にない忙しさで、女子たちはデートもままならないとぼやいていた。
社長が恋人の私でさえ、毎日一緒にいるのに寂しく感じているのだから、後輩たちはもっと寂しいだろう。
社長は私のことをギュッと抱きしめてくれた。言葉では言い表せられない、なんとも言えない幸せ。
「あと少しだ。もう少ししたらまとめて休んだらいい。ゲストが帰国するときに何かこじつけて一緒にアメリカに行くか?」
「冗談ですよね?」
「冗談でも、冗談じゃなくしてもいい」
社長なら出来そうだから、本気か冗談か分からなくて怖い。
「キスして」
そんな要望にも応えてくれる。抱きしめた腕を更に強く引き寄せ、キスをする。唇を通して伝わる思い。
感情が強くあるキスか、お仕着せのキスかなんて、キスをすれば直ぐに分かる。
少しだけ、いや違う。かなり唇の温度が低いのは、疲れ切っている証拠で、きっと寝不足なんだろうと思う。私はこうして癒してもらっているけど、社長も私がいることで癒されているだろうか。
「チャリティーパーティーだが」
「動物愛護のチャリティーパーティーですね」
「行かなくてはまずいよな」
弱音など言ったことがない社長が珍しくこぼすなんて。毎年参加しているパーティーなのに、愚痴を言うのだから、よっぽど嫌なのだろう。
「いつも憂鬱そうな顔をしていますものね」
毎年開催される動物愛護のチャリティーパーティー。薬品会社は何かと叩かれることが多いために、寄付と援助は惜しまない。
そこに出席する社長は時に、冷たい視線を浴びせられることもある。私は同行しないために、パーティーでの出来事は全く分からないけど、出勤してくる社長の顔を見るだけで、どうだったのか手に取るように分かった。
「嫌なことが先で良かったじゃないですか、その後には園遊会ですから」
「そうだが、今年はただ楽しむわけにはいかないだろう?」
「社長が楽しまなくてどうするのですか? ゲストを接待するには、まずご自分が楽しまれないと」
「さすが秘書だな、良いことをいう」
「そう? じゃ、ご褒美」
そう言って、目を閉じて顔を少し上に向ける。社長は意図が分かったようで、ちゅっとキスをしてくれた。何度でも強請ってしまうのは、私だけの社長でいて欲しいからかもしれない。
「パーティーの日、マンションで待っててくれないか」
「分かりました」
パーティーは金曜日に開催される。お泊りも全然なかったから、社長も人恋しい、いや、私が恋しいのだ。
何も出来ない私だけど、疲れて帰って来る社長に最高の癒しを準備しておこう。
人知れず嫌なこともあったんだなと、そんな社長を身近に感じたけど、そのはけ口は今まではどうしていたのだろうかと、そこが気になる。
今は私に話してくれるけど、過去は分からない。
「もう、また過ぎたことを考えてる」
最近、仕事が上の空になっている。仕事に夢中になっていた自分はどこへ行ったのだろうか。
「占い通りになったらどうしよう」
三井さんじゃないけど、あまりに当たる占いに、のめり込みそうで怖い。
仕事も公私混同はしていないと思っていたけど、やっぱりそこまで完璧には出来ない。それを出来る人は、人造人間だけだ。
社長は温かく見守ってくれているけど、本当のところはどう思ってるんだろう。
「パーティーの準備と確認をしなくちゃ」
パーティーに園遊会。やらなくちゃいけないことは山ほどある。恋にうつつを抜かして、悩んでいる場合じゃない。
「切り替え切り替え」
仕事に集中していれば、余計なことは考えずにすむし、夜だって疲れていればすぐに眠れる。
仕事でもプライベートでも社長に失望されたくない。
「よし、がんばろう」
恋をパワーに変えて頑張るのだ。
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