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いつか私は飽きられてしまうのだろうか。飽きられない女でいるには、どうしたらいいのだろう。


「恋ってなんだろう」


この歳になって初めて疑問に思う。幸せなのに、いつも不安と背中合わせ。

今頃社長は何をしてるのだろう。書斎で仕事をしているか、本を読んでいるか、それともあの大きなベッドで映画でも観ているかもしれない。

ワンルームの部屋でパックをしながら、意味なくスマホをいじっている私と違うことは明らか。


「そう言えば、電話をしたことがない」


毎日、会社で顔を合わせ、自宅まで送ってもらっているせいか、電話をかけて話をしたことがない。

特に気にしたことも、困ったこともなかったし、今の状態だったら電話をする必要もない。


「はぁ~」


二人と食事した後もずっと、心のつかえがとれない。心の奥底に、無意識に閉じ込めておいた「いつか別れる時がくる」という思い。弥生に言われて現実になる日が来るんだなと、実感してしまった。


「まったく、ほんとに恋ってなんなの?」


ウィキペディアには、特定の相手のことを好きだという感じ、大切に思ったり、一緒にいたいという感情。と書いてあった。

そんなこと言われなくても分かっている。私が知りたいのは、その先だ。好きなのに別れなくちゃいけない感情、心理。どうして別れなくちゃいけないのかを教えて欲しいのだ。

能天気だと言われる私でも、とにかくそのことが頭から離れない。


「弥生のばか」


私が傷つかないようにと、忠告してくれたことはありがたいけど、社長を見る度に泣きそうになってしまう毎日が続く。

私の変化に敏感な社長が、そのことに気が付かないわけがなく、何かにつけ気遣ってくれる。

社員にばれたらどうしようと、そればかりを気にしていたけど、もっと重要なことは、この恋愛に終わりがあるということだった。

それは、私が決めた方がいいのか、それとも社長が言い出すのを待った方がいいのか、まったく分からない。


「寝不足ですか? クマが出来てますよ?」

「そうなのよ」


連日考えごとをしていたら、寝付くのがいつも深夜になっていた。睡眠時間が少なくて、仕事の最中でも眠ってしまいそうになる。

社長と一緒にランチを食べると、社長室のソファで昼寝までしてしまう始末。秘書としてとんでもないことをしている。

でもそんなことをしても怒らないのが社長。愛されるって許容範囲が広がることかも。


「クマが出来ていても綺麗さが変わらない。いや、本当に最近すごく綺麗ですよ?」


三井さんがいうと、みんながこぞって言い出した。


「ゆで卵みたいにお肌はツルツルだし、いつにもまして色気が倍増してますよ」

「そんなぁ 大袈裟な」


謙遜してみるけど自分でもそう思うし、弥生とマコにも言われていた。

恋は凄い。

恋はどんな薬よりも即効性がある。こんなにいいサプリはないんだから、絶対に恋はした方がいい、たとえそれがどんなに短く辛い恋でも。

社内の行く先々で同じことを言われ、社員達の視線も同じように感じていた。自意識過剰じゃない。囁き声も聞こえたのだ、嘘じゃない。

それに、私に恋人がいるのかと、探りを入れられたこともある。

恋人が出来てからモテ始めても仕方がない。私は社長一筋なんだし、他に目移りしたりもしない。

しかしあんなに恋がしたくて、彼氏が欲しかったときには、誰も何も言ってこなかったくせに、恋人が出来たとたんに声が掛かるってなんなのだろう。


「水越さん、最新版ですよ。見ます?」


にやにやと三井さんが見せたのは、占い雑誌。また最新号を買ったんだ。そんな占いに左右されないと思っていた矢先の弥生の忠告。


「読んで、読んで」


聞かないわけにはいかないじゃないか。


「えっと、ん? おとめ座は……ちょっと今回は悪そうですよ、能天気な所が魅力のおとめ座女子ですが、深く解決しがたい問題に直面するでしょう。心がざわついて落ち着きがなくなり、仕事でもミスが目立ってしまいそう、気を引き締めて取り掛かりましょう。ですって。今までとは全く違って、少し悪いですね」

「ショック~」


少なからず気になることがあるのに、信じ始めている占いにいわれてしまったら、どうしようもない。だけど、能天気というところだけ合ってるなんて悔しい。

占いは浮かれている私に、注意を促す物と捉えて、社長に迷惑がかからないようにしなくちゃいけない。本当に気を引き締めよう。


「まあ、占いですから」


私より占いを信じている三井さんに言われても、なんの慰めにもならない。


「まあね……あ、ところで賞品の準備はどう?」

「はい、全て出揃って、卓上に置くプレートを作っている所です」


園遊会の担当は広報部なのだが、役員たちが出す賞品の準備は秘書課の役割だった。当日に賞品棚が設置され、そこに置くことになっている。

秘書たちは一台のパソコンの前で、ポップを作っていた。


「こんなの広報部の役割ですよね?」

「そうよね」


優勝、準優勝とイラストをレイアウトして、A4の紙に印刷すればいいだけのことなのに、広報課は秘書課に丸投げしている。滅多に使わない機能は、一年経つと忘れてしまう。あれやこれやと言いながら、なんとか制作するのも骨が折れる作業だ。

秘書課だって色々とやることがあるのだ。


「みんな、今年はのんびり宴会を楽しむことは出来なさそうだぞ」

「え~!! どういうことですか? 部長」


会議に出席していた部長が戻ってくると、疲れた様子で言った。

楽しみにしていた園遊会。秘書課の息抜きが無くなってしまうなんて、社長から聞いてない。


「ついさっきの会議で聞いたんだが、海外からの来賓があるそうだ」

「初めてじゃないですか?」

「そうなんだ。新薬を共同開発するアメリカの会社の役員が、急遽、来日することになったんだ。研究員も来日予定で、園遊会の日と日程が重なって、ちょうどいい接待になるってわけだ」


日本の研究開発力は海外に比べて弱いと言われている。ファイブスターも開発には力を入れているが、新薬を開発するには莫大な研究費がかかる。

社長を悩ます研究費と開発能力。そこを強化することはファイブスターの目指すところでもあった。

社長は私にそんなことを言っていなかった。信用されていないのだろうか。

終わりがある恋と感じてしまったことより、ショックなのは秘書としてのプライドだ。


「水越さん、中止ですよ、秘書課の飲み会」

「そうね、残念。あ、でもゲストがお帰りになったら大丈夫じゃない?」

「最後までいなければ。ですけどね。最後の方は社員のかくし芸的なプログラムがあるじゃないですか。社長や役員が勧めないとも限りませんからね」

「そうね……」


楽しみだった園遊会。後輩たちとのおしゃべりは楽しかったのに、それも出来ないのか。

社長と過ごす時間は別格だけど、同性と過ごす時間もまた楽しいのに、なんでこうもうまく行かないのだろうか。

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