15
「今週もお疲れ様」
「社長こそお疲れさまでした」
「帰るか」
「はい」
待ちに待った金曜日。残業もなく定時で会社を出る。
真っすぐにマンションへ向かうと思っていたけど、社長が運転する車は、マンションとは違う方向に向かっていた。
「どこかへ行かれるんですか?」
「そうだよ」
にやりと笑って意味深だが、何か期待させる笑いだ。
車は賑やかな街を通って、コインパーキングに入った。
「少し歩くよ」
「はい」
手を繋いだりなんかして、社員に見つかりはしないかとハラハラしたけど、裏通りに入って行き心配がないだろうと、繋いだ手を離して腕を組んだ。
「ここだ」
「ここ?」
ステンドガラスが印象的な白い扉。両開きのドアを開けると、正面にワイ字型の階段があった。宮殿の様だときょろきょろと店内を見渡す。
ドレスやフォーマルなスーツが並んでいて、ブティックなのだと思った。
「いらっしゃいませ、五代様」
白く大きなフリルの襟が付いたブラウスに、黒いロングのスカートを履いた女性が私達を出迎えた。
社長の名前を呼んだところを見ると、社長はこのブティックを利用しているのだろう。
さすがの私も、プライベートの行きつけまでは知らない。
「彼女に服を」
「畏まりました」
「社長?」
「デートをしよう」
私の両手を握って微笑む。なんてことない一言だけど、嬉しくて涙がでそう。
「どうぞこちらへ」
「行きなさい」
「はい」
女性店員に案内され、店内に入ると、素晴らしいドレスがずらりと並んでいた。ため息が出るとはことことで、うっとりとみとれてしまうしまう。
「五代様からはワンピースをというお話でしたので、何着かピックアップいたしました」
「はい」
もう、事前に言っておくなんてキザすぎる。
ラックにはワンピースが掛けられていて、私は真っ先にバービー人形のようなワンピースを手に取った。
「かわいい」
バレリーナが着るクラッシックチュチュのようなワンピース。色はブラックで肩がオフショルダー。袖が肘辺りまであって、クラシカルなデザイン。手触りがいいのはシルクだから。今の季節にはちょっと寒いけど、寒いのを我慢するのがファッション。
ふわりと広がったスカートは、少女の憧れ。30歳手前の女でも着たいと思うデザインだ。
「とても素敵ですよ」
「試着してもいいですか?」
「もちろんでございます」
試着室に案内され着替えると、くるりと一回り。スカートがふわりと広がってとても可愛い。こういうスカートを履くと、なんでくるりと回ってしまうのだろうか。自分の条件反射に笑ってしまう。
試着室を出ると、女性が待っていて着用したサイズ感を見てくれる。
「すごくかわいいです」
「お客様はスラリとなさっているから、とてもお似合いですよ」
決して背が高いと言わない所がプロね。
まだかけてあるワンピースを全部試着したいけど、このワンピースより気に入ったデザインはない感じ。やっぱり一目惚れって大切。
「とても似合っているよ」
「社……そう?」
社長と呼んでもいいものかと、ちらりと女性を見た。訳アリな男女関係も見てきただろうし、見ざる言わざる聞かざるが店側のマナーだろうけど、少しためらってしまった。
れっきとした恋人同士なんだから、後ろめたさを感じることはないのに。
「これにしようかな?」
「いいよ」
脱いだスーツをスーツケースに入れてもらって店を出る。社長がすっと肘を曲げてくれ、私は腕を組む。映画でしか見たことが無いエスコート。
そこから車に乗り込むと、まだ行くところがあると言って、その場所に向かった。
店は美容院だった。
「今度は美容院?」
「そうだよ」
確かに、ドレスアップした姿に、自分で結い上げた髪型は似合わない。社長の行きつけという美容院に入って、セットをしてもらうことになった。
いつもアップしている髪は下ろしてカールをする。鏡に映った私はなんて綺麗なんだろう。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」
「水越沙耶、あなたです」
「ぐふふふ」
こんなヘアスタイルにしたのは初めて。結婚式に参加するときでもアップスタイルで、代わり映えのしないヘアスタイルだった。たまにはお任せで仕上げてもらうのもいいかもしれない。
「何をにやけてる?」
いつも変なところを見られてしまって、自分の間の悪さが嫌になる。
「あ、いや、べつに……」
鏡の前に立っていた私の隣に来て、社長が耳元で囁く。
「とても美しい」
そんな甘い言葉を言った後、頬にキスをする。もうこのキスだけでお腹が一杯。
ブティックといい、美容院といい、社長の行きつけに連れて行ってくれるというのは、彼女として認められているような気がして、自信に繋がるというもの。
金曜の夜ということもあって、美容院の前の大通りは賑やかだった。日が暮れて更に肌寒くなって、半袖姿の私は、腕に鳥肌がたった。
「これを」
それがすぐにわかったのか、社長はスーツのジャケットを脱いで肩に掛けてくれた。
「ありがとう」
腕を組んで歩き出すと、人の波が途切れ私達を見ている。
「どうしたのかな? 恥ずかしい」
「君が美しいからだ」
「社長が素敵だからですよ」
高身長の私たちが並んで歩くと、非常に目立つ。こんなところを社員に見られたりしないかと、冷や冷やするけど、今はこの幸せに浸っていたい。
人が途切れた道を横切って、エスコートされた車に乗り込む。たったこれだけのことなのに、優越感でいっぱいになる。
「行くよ」
「はい」
何処に行くのか分からないけれど、ドレッシーに決めさせてくれたということは、それなりのところに行くのだろう。
まだ私たちの間はぎくしゃくしたところもあるけど、新鮮だと思えばいいし、慣れてきた部分もある。あまり慣れて緊張感がなくなってしまうのも良くない。
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