13
秋は急速に深まって行き、朝晩は冷え込む日が多くなってきた。
何だか物悲しくなるのは、赤く色づいた葉が枯れて落葉となり、何も覆うものがなくなった木が寒そうだからだろうか。
園遊会が催される中庭は、メンテナンス会社の方々総出で、落葉を掃除してくれているけれど、箒で掃いても掃いても落ちてくる葉に、うんざりしているのではないかと思うこの頃だ。
毎日同じことの繰り返しで、時間だけは早く過ぎてゆく。私の綺麗な時間は、一分一秒過ぎて無くなっていく現実がある。
秋は読書の季節というが、そんなすきま時間もなく来てしまったけど、今年は違った秋を過ごしたい。
「はぁ~」
別に疲れているわけでも、悲しいわけでも、思い悩んでいるわけでもないけど、ため息がでる。恋煩いって、成就してもあるのだろうか。
「何をため息ついているんだ?」
「社長」
二人の時間がなかなかできない私達だったけど、こうして会社で一日中傍にいられるんだからと、言い聞かせ少しは満足していた。
なぜ少しなのかと言うと、デートが出来ていないからだ。会社でも社長と一緒だから、不満が爆発しないのかもしれない。
「疲れたのか?」
「あ、いいえ、そんなんじゃなくて、なんとなくです」
「ならいいが」
いつだって私の身体を心配してくれて、デートよりもそういう気遣いが嬉しい。
「何か御用でしょうか?」
「ああ、園遊会の賞品だが、候補は?」
「そうでした、ご報告が遅くなり大変申し訳ありません。あの、秘書課にも相談したんですが、ホテルの断食プログラムはいかがでしょうか?」
捻挫に胃腸炎と騒がしく、すっかり報告を忘れていた。園遊会は今月末に催されるのになんていうことか。
秘書課で知恵を出し合ってくれていたらしく、なかなか趣向を凝らした賞品が提案されていた。
みんなで投票した結果、断食プログラムになった。
「断食?」
「そうなんです。私も存じ上げなかったのですが、予約を開始するとあっという間に埋まってしまう人気のプランだそうです」
「どこのホテルだ?」
「プレシャスホテルです」
「そんなのあったんだな」
プレシャスホテルは、パーティーや懇親会、海外から来日するお客様の宿として、ファイブスターが利用しているホテルだ。
「いかがでしょう?」
「いいな、予約を入れてくれないか?」
「それが……」
「どうかしたのか?」
「既に予約が埋まってしまいまして……その予約も毎月1日から10日の間にネットから予約を入れる仕組みになっていて、毎月5組の予約枠なんです。すでに来年の春まで埋まっていました。ご報告も遅れたうえに、賞品も用意できませんで、大変申し訳ございません」
会社を揺るがすような失敗ではないけど、秘書の仕事としては大失態だ。手帳にも書きこんでおいたのに忘れるなんて、恋にうつつを抜かしていたからだ。
「いつも自分で決めていたのに、急に頼んだりした私もいけなかったし、声を掛けなかった私にも落ち度がある。たいしたことじゃないんだからそんなに落ち込まなくていい」
「ですが」
「キャンセル待ちか?」
「はい……ですが、キャンセル待ちを賞品にするわけには……」
「分かった、私が何とかしておく」
「ありがとうございます」
社長がホテルの支配人に電話をするんだろう。世の中は力のある者が全てなんだって、新入社員の頃は思ったものだけど、権力は社会に必要な物だと思うようにもなった。
特別扱いが当たり前だと思わないけど、そういうことをして経済って回るんだと、秘書になって感じたことだった。
「俺こそお礼を言いたいよ」
「え?」
「正直言って毎年、悩みの種だったんだ。社員万人に喜ばれるものなんかそうはない。一番簡単な賞品は会長と取締役に取られてしまっているからな」
確かにその通りだ。食事券などの金券は一番喜ばれる。役員全員が金券を出すのも味気ないと、社長は品物などを毎年考えていた。
「そうだったんですね」
「今年は君に相談してみようと思っていたんだ。だから気にすることはないんだよ」
「はい」
仕事の話をしながらも、社長の目は優しい。その優しさに甘えたらダメだけど、今回は甘えてしまおう。
「ごめんな、時間が取れなくて」
仕事も年度末に向けて更に忙しくなった。
胃腸炎がきっかけで付き合うようになった私達だけど、デートが出来ていない。
会社で一緒に仕事をすることが、私達のデートになってしまっていて、社長はことあるごとに謝る。
「謝らないでください。私はこうして毎日一緒に仕事が出来て、ランチを一緒に過ごせるだけで嬉しんです。言ったじゃないですか、信じてないんですか?」
「そうじゃないが」
社長の提案で、ランチを社長と一緒に食べるようになった。元から秘書課で食べることがなかったから、そこは怪しまれたりする心配はない。
一時間という休憩時間が恋人になれる時間。
それだって特別じゃない。それぞれが弁当を買って、隣同士肩を並べて、ご飯を食べるだけ。
「それに、社長が作ってくれたお弁当が、本当に嬉しいんです」
ビックリしたのが、社長がお弁当を作って来てくれたことだ。
女子顔負けの彩いいお弁当に、私は降参だった。
「弁当が?」
「母以外にお弁当を作ってもらったことがないんですから、嬉しいですよ。手作り弁当は大学生の時以来で、本当に嬉しかった」
出来合いの弁当は飽きる味だけど、手作りの弁当は毎日同じおかずでも食べ飽きない。何故なんだろうと、大学生の時に母親に聞いたことがある。
「それは子供の時から食べて、馴染んでる味だからでしょう? 子供の頃の記憶って残っているらしいわ。よくあるでしょう? 懐かしいあの店の味、食べると蘇る記憶とか。そういうものよ」
確かにそうかもしれない。だとしたら、社長とは味の好みまで一緒ということだろうか。
「沙耶が喜ぶならまた作ってくるよ」
「いいですよ、家に行ったときに食べさせて下さい。朝は大変ですから」
付き合い始めた時、普通にするなんて出来ないって毎日思っていたけど、出勤すると以前のように社長に接することが出来ていた。恋人よりも秘書でいた期間が長いせいもあるだろう。
ただ心配なのは、親し気な雰囲気になってしまって、敏感な人に感ずかれてしまうこと。張り詰めた緊張感がなくなっていき、柔らかな雰囲気が出てきてしまっているのが、まずいと思っているところなのだ。
「なるべく冷たく接して」と社長にお願いしてしまったほどだ。
「今週末来ないか?」
「マンションですか?」
「ああ」
「もちろん、行きます」
復帰してから初めてのお泊り。体調も万全だし、受け入れ態勢も整っている。
「帰りは一緒に帰ろう」
「はい」
「ホテルには連絡を入れておくから、返答を待って処理をしてくれ」
「畏まりました」
こうやって仕事の話しとプライベートの話をしているけど、仕事に支障はきたしていないし、瞬時に切り替えも出来て、むしろ以前よりもスムーズ。
前は聞きたいことがあっても、機嫌を窺ったり、今聞いてもいいだろうかと、躊躇うこともあった。
壁がなくなっただけスムーズに進めば、業務も捗っていいことの方が多い。
仕事をしながら、どうしたらいいかと悩んでいたけど、自然にしていればなんてことはなかった。
なんでも難しく考えて、起こってもいないことを悩むのは、私の悪い癖だ。
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