16
会議資料を社長に送信して、会議の用意をする。
主に会議準備は会議を開く課の者たちがするが、社長の身の回りに必要な物は、私が用意することになっている。
社長はこだわりが強い人で、すべて潤滑に物事を進めて行かないと気が済まない。日々の行動は、ルーティン化されていると言っても過言ではない。
面倒臭いという秘書も多いが、慣れれば逆にやりやすい。決められた行動をするなら、そのようにすればいいだけで、面倒なことはない。イレギュラーな出来事には、ルーティンの中に組み込めば、社長が仕事に詰まることもない。
「社長、ご準備が整いました。会議室へ」
「ん」
社長が席を立つと私は、デスクから会議に必要な物を持つ。
「申し訳ありません、お待たせしました」
「いや」
社長の嫌いな行動に、時間泥棒がある。人の時間を奪えば、その者の人生も奪うからだと言った。なんて大げさなと、当初思ったものだが、次第にそれも正論なのかもしれないと思うようになった。随分、社長に感化されてしまったようだ。
エレベーターに乗り込むと、会議室の階のボタンを押す。
背後に社長の気配を感じる。毎度のことで、何も感じなくなっているはずなのに、今は違う。背中に目があるように、社長を背中で感じ、緊張する。それもまた、胃の痛みとなる。社長に分からないように、そっと胃を押さえる。
「体調が悪いのか?」
ふいに社長から声を掛けられる。
「いえ、け、健康です」
健康って、何を言っているのか私。突然の声掛けに、瞬時の対応が出来なかった。
社長は私の言っていることが信用ならないのか、正面を向いている私を、自分の方に振り向かせた。
「少し顔色が悪いように見えるが?」
びっくりした。振り向いたら、キスしそうな距離に社長の顔があった。勘弁して、具合が悪くないのに倒れそう。
「だ、だ、大丈夫です」
まだ私の言うことが信用できないのか、次は、私の額に手をあてた。
「熱は無いようだが」
「な、なんでもないんです。昼食をしっかり食べなかったせいで、お腹が少し空いただけです。ご心配をかけてしまい、申し訳ありません」
熱は無いのに、熱が出ちゃいそう。
「———そうか」
何とか誤魔化せただろうか。本当に心臓に悪いし、そんなに心配するなら何か言って。
あの夜から、何日たったのだろうか。
断片的に思い出してはいるが、やはりはっきりとは覚えていない。社長も何も言わないし、行動も起こしてこない。なかったことにしようとしているのだろうか。やっぱり弥生が言うように、女を抱いただけに過ぎないのか。社長は感情を表に出さない男で、それを知ることも出来ない。ただ、頻繁に感じる視線が、何かあるようで痛い。
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