13

「あ~痛い……」


この胃の痛みはきっと、この解決しない問題のストレスに違いない。

この間の合コンは、同窓会のようだった。緊張感が無さすぎてしまうと、友達になってしまい、恋に発展しないようだ。わいわい楽しく飲み会をしたという感じだった。

残業は今まで以上に続いて、家に帰ってもお腹が空きすぎて、何も食べられない。朝は、少しでも眠っていたくて、シリアルで簡単に済ませ、更にメイクも手抜きになっていた。


「本当に根っこまで枯れちゃう」


同僚に誘われたランチも一緒に食べられず、またカフェでサンドイッチを買って済ませた。まともな食事が食べたい。

何か作った物を送ってと、母親に電話をしたら「結婚が先」と、訳の分からないことを言われ、またケンカして終わった。


「歯でも磨きに行きますか」


デスク引き出しから歯磨きセットを出して、化粧ポーチを持つ。秘書課があるフロアは、百貨店並みのトイレ設備がある。メイクルームと、着替えが出来る試着室があり、急な催し物や冠婚葬祭に対応出来るようになっていた。


「お疲れさま」

「水越さん、お疲れ様です」


休憩所もあるメイク室の椅子は、秘書課の女子で占領されていた。

開いている椅子に座って、ポーチを開く。女優ミラーと呼ばれるライトが付いた鏡は、私の疲れ切った顔を写す。見たくない現実に、目をそむけたくなるが、受け止めなくてはいけない。

しっかりメイクを直して、気合を入れなければ、また何かしでかしそうで怖い。

私の後ろでは、メイクを終えた秘書課の面々が、ファッション雑誌の占いのページを読んでは、一喜一憂していた。


「水越さんは、何座ですか?」


聞いてきたのは取締役秘書の三井さんで、もちろん彼氏持ち。占いなんて必要ないじゃない。


「おとめ座よ」

「おとめ座ですね……え~っと、今年は恋愛運が下降気味です。思わぬ事態に巻き込まれ、疲れが出るでしょう。怪我にも注意して慎重に行動すること。しかし、春には上昇して、満開の花が咲きます。長く土の中で氷に浸かっていた芽が懸命に地上に出ようとしています。って」

「……どれどれ」


占いなど気にしたこともない私だったが、今はとても気になる。三井さんが見ている雑誌を奪い取り、食いつくように占いのページを読んだ。


「水越さんも占いを気にするんですね」

「え?」

「占いなんかあてにしなくても、男性は寄ってくるでしょう?」

「まさか。寄って来ていたら、今頃彼氏の一人や二人いるわよ」


残りの秘書2人、長嶋さんと佐藤さんは嫌味なまでに言った。本気でそんなことを思っているのだろうか。


「だって、社内美人コンテストで1位じ ゃないですか」

「なに? それ」


初めて聞く話に、私は聞き返す。


「知らないんですか!? 水越さん、社長と仕事のし過ぎですよ。年明け早々ににあったんです。まあ、会社の正式な催し物じゃないから、告示はしていませんでしたけど、毎年こっそりと行っていますよ。水越さんはV3達成で、あと2回1位を取ったら、殿堂入りです」


佐藤さんはびっくりしたように言った。


「はあ?」


寝耳に水で、こっちがびっくりした。秘書として社内の出来事には、アンテナを張り巡らせていたはずだったが、コンテストをやっているとは、まったく知らなかった。

髪を長くしているのも、仕事に追われて美容院に行けないから、長くしているだけで、自宅は散らかり放題だし、料理は出来ない。女としては欠陥商品だ。

仕事は裏切らないだろうが、ごはんも喉を通らないような、恋愛がしたい。すぐに別れるような付き合いでもいい。恋がしたい。クズな男につかまってしまっても、次への教訓とするから、恋をさせて欲しい。

美人コンテストで1位を取ってしまったら、高嶺の花と思われ、男が寄り付かなくなる。

そんな称号はいらないのだ。


「秘書界では有名な美人ですよ」


そうだった。秘書課の女子たちは、意外と他企業と交流をしていたのだった。

私は秘書として、幅広い知識で物事を広く見るようにと心がけていたけれど、仕事にプラスになることだけで、そのほかのことにはまるで無頓着だった。女性ならではの情報に、無関心過ぎた。


「も、もういいわよ」


私は持っていた雑誌を押し付けるように返して、メイク室を出た。


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