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ここ数日、胃が痛い。

社長とは何の進展もないまま、更に日々は過ぎて行った。

だけど、私に対して気遣いを感じられる瞬間が、多くなったような気がする。

先日も、初めての差し入れがあった。


「これを食べなさい」


渡された袋には、野菜が薄い生地に巻かれたクレープのような食べ物が入っていた。

女子受けするインスタ映えを狙ったような彩の食べ物。


「え!? いだたいても……?」

「君の為に買ってきたんだ、食べなさい」


びっくりだ。


「お気遣いいただき、ありがとうございます」

「好みが分からないが、美味しい店だから」


こんな女子が好きそうな店に、社長は行ったことがあるのか? 

一体、いつ、誰と? 

嬉しいけど、ものすごく疑心になる。

素直に頂いたけど、誰に店を教えてもらったのだろう。本当に美味しかった。表情も柔らかい時が多くなっていて、逆に怖い。

だから教えて欲しい、あの夜のこと。

弥生には、次に進めと言われ、気にしないようにしていたけど、やっぱり何があったのかだけは知りたい。それをちゃんと解決しないと、次の恋など出来ない。

そんな私に弥生は、合コンの予定をびっしりと伝えてきた。週一で合コンをしているという弥生は、面子を集める力もある。

先週に参加した合コンはなかなか良かった。参加者はやっぱり黄金比の3:3。これ以上の人数は良くないのだと、合コンの女王は言った。そして、


「マッチングアプリだけはやめなさい」


と言った。


「なんで?」

「効率的に男を見つけたって面白くないでしょ? 恋愛に効率って必要なの? 機械が相手じゃなくて人間が相手でしょう? 恋愛前提で相手を探すより、好きな相手を振り向かせる醍醐味を味わうのが恋愛よ」

「それは弥生がモテるからよ」

「恋にたいする熱意の違い」


確かにそうかも。弥生が一人の男と付き合う期間はあまり長くないけど、付き合っている時の弥生は情熱的で、本当に尽くしている。そこが私と違うところ。

私の為に合コンを開いてくれる弥生の、彼氏の心の広さには感謝しかない。


「今日はエリートというより、沙耶を癒してくれそうな男を選んだの」

「癒し?」

「沙耶が甘えられそうな男」


私は三姉妹の末っ子。真ん中の姉とはケンカばかりだったけど、一番上の姉は私を可愛がってくれた。両親は厳しかった割には、何でも手を貸して甘やかした。祖母も甘くて、「沙耶ばっかり」と二人の姉に妬まれていた。私が何も出来ないのは、甘やかされて育ったせいだと、家族に責任転嫁してしまっている。

職場では見せていない末っ子気質だけど、弥生は知っている。

私のための合コンだから、メンバーはいつもの弥生とマコ。今回はちょっとだけ洒落た和風の居酒屋。個室があっていいのだとか。料理は飲み放題つきのコースで、刺身やお寿司も並んでいた。いつものことだけど、まともに食事をしていない私は、男より料理に目が行ってしまう。


「こんばんは」


挨拶から始まった合コン。確かに優しそうな男が揃っている。ガタイが良くて体育会系な感じで、俺様感は全くなく、包容力がありそうな感じがにじみ出ていた。


「俺、5人兄弟の長男なんだよね」

「5人!?」


笑うと目尻が下がって、目が無くなるほどくしゃっと笑う彼は、私たちを前にして、ガンガンと食べる豪快さだ。


「俺は妹がいるんだけど、一回り違うんだ、可愛いけど一緒に歩いてると、危ない目で見られるのが困る」

「家族なのにね」


この人は線が細く物静かな感じ。ちょっと色が白くて、運動は苦手な読書家タイプ。


「兄弟かぁ、いいな、俺一人っ子だから」

「いいじゃん、なんでも買ってもらえるし、おさがりじゃないし」


5人兄弟の男が言った。私はそれに強く頷く。末っ子の私は、いつでも姉たちのおさがりだった。私に甘い祖母でさえ買ってくれなかった。戦争を体験しているから、なんでも最後まで使いきる、洋服は雑巾が最後で、物は大切にしなさいというのが、祖母の口癖。

一人っ子だと言った男は、なんとなくそんな感じがしていた。じっと座っているだけで、周りが世話をやく。それが当たり前じゃないけど、そうさせてしまう雰囲気があった。この男だと、デートでも秘書の仕事をしてしまいそうな予感がする。


「水越さんは飲めないの?」

「え?」

「ウーロン茶かジュースだから」


酒の大失敗はつい最近の事。このメンバーでやらかしてしまったら、本当に社長に顔向けできない。恐ろしくて断酒をしているところだ。


「明日、早朝会議なの。寝坊が怖くて」


金曜がマストの合コンだけど、週末はまた仕事が入っている。今日は週の真ん中水曜日。合コンはこの日しか入れられなかった。


「真ん中って、最悪じゃない」


マコにぶーぶー文句を言われたけど、女王様が一喝してくれた。

今日のメンバーにはまったく興味がないマコは、「おいしい、おいしい」と言いながら、料理を食べた。オリーブ一個のときとは大違い。

前回の気取ったエリートたちとは違って、とてもリラックスして和やかに進む。私にはこっちの方が合っているようだ。


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