12
ここ数日、胃が痛い。
社長とは何の進展もないまま、更に日々は過ぎて行った。
だけど、私に対して気遣いを感じられる瞬間が、多くなったような気がする。
先日も、初めての差し入れがあった。
「これを食べなさい」
渡された袋には、野菜が薄い生地に巻かれたクレープのような食べ物が入っていた。
女子受けするインスタ映えを狙ったような彩の食べ物。
「え!? いだたいても……?」
「君の為に買ってきたんだ、食べなさい」
びっくりだ。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
「好みが分からないが、美味しい店だから」
こんな女子が好きそうな店に、社長は行ったことがあるのか?
一体、いつ、誰と?
嬉しいけど、ものすごく疑心になる。
素直に頂いたけど、誰に店を教えてもらったのだろう。本当に美味しかった。表情も柔らかい時が多くなっていて、逆に怖い。
だから教えて欲しい、あの夜のこと。
弥生には、次に進めと言われ、気にしないようにしていたけど、やっぱり何があったのかだけは知りたい。それをちゃんと解決しないと、次の恋など出来ない。
そんな私に弥生は、合コンの予定をびっしりと伝えてきた。週一で合コンをしているという弥生は、面子を集める力もある。
先週に参加した合コンはなかなか良かった。参加者はやっぱり黄金比の3:3。これ以上の人数は良くないのだと、合コンの女王は言った。そして、
「マッチングアプリだけはやめなさい」
と言った。
「なんで?」
「効率的に男を見つけたって面白くないでしょ? 恋愛に効率って必要なの? 機械が相手じゃなくて人間が相手でしょう? 恋愛前提で相手を探すより、好きな相手を振り向かせる醍醐味を味わうのが恋愛よ」
「それは弥生がモテるからよ」
「恋にたいする熱意の違い」
確かにそうかも。弥生が一人の男と付き合う期間はあまり長くないけど、付き合っている時の弥生は情熱的で、本当に尽くしている。そこが私と違うところ。
私の為に合コンを開いてくれる弥生の、彼氏の心の広さには感謝しかない。
「今日はエリートというより、沙耶を癒してくれそうな男を選んだの」
「癒し?」
「沙耶が甘えられそうな男」
私は三姉妹の末っ子。真ん中の姉とはケンカばかりだったけど、一番上の姉は私を可愛がってくれた。両親は厳しかった割には、何でも手を貸して甘やかした。祖母も甘くて、「沙耶ばっかり」と二人の姉に妬まれていた。私が何も出来ないのは、甘やかされて育ったせいだと、家族に責任転嫁してしまっている。
職場では見せていない末っ子気質だけど、弥生は知っている。
私のための合コンだから、メンバーはいつもの弥生とマコ。今回はちょっとだけ洒落た和風の居酒屋。個室があっていいのだとか。料理は飲み放題つきのコースで、刺身やお寿司も並んでいた。いつものことだけど、まともに食事をしていない私は、男より料理に目が行ってしまう。
「こんばんは」
挨拶から始まった合コン。確かに優しそうな男が揃っている。ガタイが良くて体育会系な感じで、俺様感は全くなく、包容力がありそうな感じがにじみ出ていた。
「俺、5人兄弟の長男なんだよね」
「5人!?」
笑うと目尻が下がって、目が無くなるほどくしゃっと笑う彼は、私たちを前にして、ガンガンと食べる豪快さだ。
「俺は妹がいるんだけど、一回り違うんだ、可愛いけど一緒に歩いてると、危ない目で見られるのが困る」
「家族なのにね」
この人は線が細く物静かな感じ。ちょっと色が白くて、運動は苦手な読書家タイプ。
「兄弟かぁ、いいな、俺一人っ子だから」
「いいじゃん、なんでも買ってもらえるし、おさがりじゃないし」
5人兄弟の男が言った。私はそれに強く頷く。末っ子の私は、いつでも姉たちのおさがりだった。私に甘い祖母でさえ買ってくれなかった。戦争を体験しているから、なんでも最後まで使いきる、洋服は雑巾が最後で、物は大切にしなさいというのが、祖母の口癖。
一人っ子だと言った男は、なんとなくそんな感じがしていた。じっと座っているだけで、周りが世話をやく。それが当たり前じゃないけど、そうさせてしまう雰囲気があった。この男だと、デートでも秘書の仕事をしてしまいそうな予感がする。
「水越さんは飲めないの?」
「え?」
「ウーロン茶かジュースだから」
酒の大失敗はつい最近の事。このメンバーでやらかしてしまったら、本当に社長に顔向けできない。恐ろしくて断酒をしているところだ。
「明日、早朝会議なの。寝坊が怖くて」
金曜がマストの合コンだけど、週末はまた仕事が入っている。今日は週の真ん中水曜日。合コンはこの日しか入れられなかった。
「真ん中って、最悪じゃない」
マコにぶーぶー文句を言われたけど、女王様が一喝してくれた。
今日のメンバーにはまったく興味がないマコは、「おいしい、おいしい」と言いながら、料理を食べた。オリーブ一個のときとは大違い。
前回の気取ったエリートたちとは違って、とてもリラックスして和やかに進む。私にはこっちの方が合っているようだ。
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