7
「今日はもう帰りなさい。明日また……」
もう帰っていいという言葉を受けて、ちらりとパソコン画面の時間を見ると、退勤時間を過ぎていた。一体全体どれくらい眠っていたのだろうか。
社長は私の前に来て、抱きしめているジャケットを取ると、私の頭をポンポンして微笑んだ。
私の視力は1.5。視力は抜群にいいので、微笑んだのは見間違いじゃないと思う。
ここはどこ? もしかして寝ている間に昇天してしまったのかしら? 背中には天使の羽が生えて今にも飛んでいきそうだ。
思考停止している私は、瞬きすらも忘れていた。
「ほら、仕度をしなさい」
「え!? あ、は、はい!」
そこからどうやって家に帰ったのか記憶にないほど、浮足立っていた。やらかしたことは最低最悪なことだったけど、あの微笑は私を一撃するのに、十分すぎるほどの威力を持っていた。にやけが止まらず、薄気味悪さが私の周りを歩く人を遠ざけて行く。
「ばか、反省しなさい」
なんで私はこうも能天気なのだろう。社長の前で居眠りをするなんて、前代未聞の最悪の出来事なのに、反省するより社長の微笑と頭ポンポンにやられてしまっているなんて。秘書としてだけじゃなく、社会人としても失格だ。
どんな顔をして明日会えばいいのか、と思うだけで恥ずかしくて顔を合わせられない。セックスをした時よりも後味が悪い。なぜならば、居眠りをしたことをはっきりとわかっているからだ。
既に辞表を出す決意でパソコンを立ち上げていた。
「パソコンで書いてもいいのかな、ぐすっ、手書きがいいのかな、ぐす……」
泣きながら便箋を広げ、辞職する理由を探す。インターネットにはたくさんの辞表に関するテンプレートが出てくる。
「私の今までのキャリアが、居眠りでなくなるなんて……何てばかなの?」
ティッシュを一枚抜き、鼻をかむ。散らかった部屋で更に虚しくなる。そんなとき、社用の携帯が鳴った。
「なんだろう」
メールを確認すると、社長からだった。
「勤務外で鳴るなんて珍しいわね」
社長から業務連絡が来ることはあったが、勤務時間外で連絡があることはなくて、メールを確認すると、今日のことが書かれていた。
“今頃辞表を書いているのではないのかと思うが、辞表は受理しないからそのつもりで。ゆっくり休みなさい。”
「うそお~ なんで起こしてくれないのよ~ 意地悪なんだから!」
私は書いていた辞表を丸めて投げた。
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