5
社長の意味深長な視線を気にしながら、私は急いで帰る。弥生と待ち合わせした場所へと急がなくちゃ。
ファイブスターと弥生の勤める会社は、同じ界隈にあった。待ち合わせはどこでも都合が良かったが、誰にも聞かれたくない私は、とりあえず商業施設の前に待ち合わせ場所を指定した。
少し遅れるかもしれないと、あらかじめラインをしていたが、定時に帰ることが出来て、私が先に着いて待っていた。タッチの差で弥生も来て、何処に行くかという話になったが、とりあえず、近くにあった公園のベンチに誘った。
「何よ、なんだか怖い」
私の様子が鬼気迫るものがあったのだろう、弥生は引き気味だ。
「そうなのよ、怖い話なの」
秋の気配が感じられるこの頃、日の沈むのは早く、夜の公園は怖い。賑わうのは、せいぜい昼のランチ時くらいだろう。
「あのね……」
さすがに言いにくいので、一呼吸おく。
「うん」
「やらかしちゃったみたいなの。違う、やらかしたの! どうしよう!」
弥生の腕をガシッと掴んで詰め寄った。
「は? まったくわからないけど」
「あー、どうしよう。やっちゃったのよ」
弥生は察しがついたようで、
「まさか……まさかの? まさか?」
私は何度も強く頷いた。
「……誰……と?」
怪談話を聞いているような感じで、恐る恐る聞いてくる。
「社長……」
「えーーー!!」
弥生は仰け反るほどびっくりしていた。
「もう、どうしていいか分かんない」
「詳しく話して」
私は、昨日の夜から今朝の出来事までを話した。
「でも、寝てただけかもしれないじゃない?」
「それが、分かるのよ」
「なんで?」
「身体に痕が……それと、下半身に違和感が……ね」
弥生は「あら、やだ」と、にやけた。女のエロ話はオブラートに包まない。
「でも、そんなに分かるもの?」
「だって、大学の時に付き合ってた彼と別れてから御無沙汰だもん。分かるわよ」
「それもそうか」
「もう、どうしよう~」
困り果てた私には、弥生だけが頼りだ。
「沙耶って、やっぱり社長が好きだったのね」
「……そうなのよ……でも実らない恋だってわかってたから、弥生に合コンを頼んで、一生懸命に彼を作ろうとしてたの。その矢先で」
「社長はなんて?」
「それが……何も言わないし、いつもと変わらない態度で仕事してるの。もう、わけわかんない」
私は頭を抱えた。
「いっそのこと告白して付き合っちゃえば?」
「ワンナイトラブだったなんて言われたら、会社は辞めるしかないじゃない。社長秘書だし、そんな勇気はないわ」
「まったく臆病なんだから。抱かせてやったのよ、くらい強気でいなさいよ。まあ、とにかく様子を見て、社長から何も言い出さなければそれだけの男だったと言うことで、あきらめがつくじゃない? そうしたら次の男を探せばいい。恋愛はゲームよ、たくさん恋をしなくちゃ、ね? 沙耶も箔が付いたじゃない、社長と寝て」
弥生は肘で私を突いてウインクした。
「もう、楽しんでるでしょ」
誰にも言わないでと、弥生に念を押し、夕食を奢った。
誰かに話せたことで気は楽になったけど、解決にはなっていない。気にしながらの仕事はキツイもの。
「もっと好きになったら、五代天国から抜けられないじゃない」
まだ鮮明に残っている痕を見ながら、私は思った。
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