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社長室のあるフロアに会議室があり、私は一度デスクに戻る。会議の進行状況を見るために、モニターに電源を入れた。
会議の様子を見ながら、お茶を淹れる準備をしなければならないのだ。
「そろそろね」
会議も中盤に差し掛かり、お茶の準備に入る。
自慢じゃないが、私の淹れたお茶は評判がいい。お金を出して習った甲斐があるっていうものだ。給湯室でお茶を淹れて会議室に運び、お茶をそれぞれの前に置く。
またしても社長の視線を感じたけど、私はあえて視線を交わさずにいた。
「もう、本当に解決したい」
お茶を持って行ったあと、自分も残ったお茶を飲む。自分で淹れたお茶ながら、美味しい。
デスクに戻ってモニターを見て、正面に映っている社長をつい視線が追ってしまう。
「本当にいい男」
うっとりしている場合じゃない。身体に残る痕に違和感。酔って服を脱ぎ捨て、寝てしまっただけじゃないことは明らかだ。聞きたいのはどうしてそうなったかだ。
私は酒に強くない。目を閉じて、パーティーの出来事を順に思い出す。
一人で座っていたところ、他の企業の秘書が集まって来た。ワインを飲んで、その後は確か、カクテルにしたはずだ。最後にお開きとなったのはいつだ? 人数は十人ほどになっていたことは覚えている。私だけじゃなく、顔をかなり赤くした秘書もいた。
「ここからが分からない」
日本酒で大失態をおかしてしまったことがある私は、日本酒を避けていた。その代わり、最近覚えたワインを飲むようになったのだが、ワインも2杯までが限界で、甘いカクテルに変えるのがいつもの飲み方だ。
「友達と飲む以外で、酔うはずがないのに」
30歳を前にして、とんでもないことをしてしまった。そう、今度誕生日を迎えると、私は30歳になってしまう。男のように仕事一筋でここまで来たが、周りはどんどん結婚して、子供を生んでいる。結婚適齢期ではなく、出産適齢期は重要だと、先日結婚した友人に言われていた。
御祝儀を出すばかりで、回収のめどもたっていない。終わりのない日々にげんなりしていたのは確かだ。
「心が乾燥して潤わない」
有給休暇も使えずにどれだけ捨ててきたことか。そこまで犠牲にして得た物はなんだったのかろうかと、以前から思っていたがさらに考えるようになった。
そんなことが重なって昨日のパーティーだ。
日頃、ストレスが溜まっている秘書たちが集えば、気が緩んでしまう。久しぶり過ぎる集いに楽しくて、酒は弱いのに飲んでしまっていた。
「寝不足が続いてたからかも」
仕事の姿勢など、見習うことも多く、会話は弾んだ。慢性化した睡眠不足も重なり、酔いは想像以上に早く身体を巡った。その後はどうしたのか、全く記憶にない。パーティーの席ではしっかりと挨拶をして解散したのは確か。後は、会社の名前を汚していないことだけを願うだけだ。
気まずい今日は、どうしても残業をしたくない。
「社長、他に御用はございますか?」
「いや、ないが」
「では、失礼したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「……構わない。お疲れ様」
「お先に失礼いたします。お疲れさまでした」
私が帰ろうとして、ドアに向かって歩き出すと、社長から呼び止められた。一瞬、ドキッとしてしまった。
「水越君」
「は、はい」
社長は何も言わず、私を見る。見られているだけで、私の心臓はドキドキと高鳴る。気のせいか、身体についた跡が疼くみたいだ。
「いや……お疲れ様」
「……失礼します」
何も言わないで、見つめるのは止めて欲しい。心臓が持たないから。
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