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「はい」

「失礼します」


若干震える手で、ドアノブをしっかりとつかみ、ドアを開ける。社長の姿が視界に入ると、少し身体が硬直した。一瞬、寝顔とかぶってしまい、気を失うかと思った。


「おはようございます。遅くなりました。新聞と、昨日の業務報告書でございます」

「ん」


社長はいつもと態度が変わらない。私に目をやることなく、パソコン画面から目を離さない。それは、私にとっていいことなのか、悪いことなのか分からないが、現時点ではそうしてもらっていると有難い。

デスクに新聞を並べて、コーヒーを置く。


「今日も美味しい」

「恐れ入ります」


コーヒーを美味しいと言ってくれるのはいいけど、昨夜のことをおくびにも出さないのは、どうかと思う。経緯は全く覚えていないが、女を抱いておいてそれはない。

私は少し腹が立った。だけど仕事はしなくちゃいけない。こんな時、四六時中傍にいなくちゃいけない秘書という職業が嫌になる。


「本日の予定でございます」

「ん」


予定を読み上げている最中、ずっと社長の視線を感じていて、いつもなら新聞を読みながら聞くのに、今日に限ってじっと私を見る。

予定を読み上げながらも、昨日の夜の光景が頭をよぎって一人、顔が赤くなってしまう。女にそんな思いをさせて、自分は涼しそうな顔をしている社長を許せない。こうなったらワンナイトラブなんてよくあること、一度寝たくらいで彼氏になったと思わないで、と言ってやる。弥生のいうように選ぶ側の女になってやるんだから。        


「以上でございます」

「分かった」

「失礼します」


デスクに戻ると、必要以上に疲れていた。私はマコのように女優にはなれない。気張ってつんけんしてみたけど、疲れるだけだった。


「何にもしたくないし、許せない~!!」


仕事にやる気が出ず、ため息ばかり。社長は仕事とプライベートを、しっかりと区別しているのだろうけど、それはあまりにもひどいじゃない? もしかして妄想しすぎて、現実と妄想がごっちゃになってるのかな? とうとう究極におかしくなりそうだ。 誰かに聞いてもらいたい、この胸の内。


「そうだ、弥生に」


周りに誰もいない社長秘書のデスクは、こういう時に最高だ。誰の目を気にすることなく、スマホでプライベートな連絡が取れる。引き出しの中のお菓子の山を掻き分けて、チョコレートを一粒食べると、弥生に今日の夜会いたいとラインを送って、返事を待つことにした。




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