恋は枯れる前にやってきた!?

何かいつもと違う気怠い朝を迎えた。


「う……ん……」


頭は重く痛い。おまけに胸やけもある。胸元を手でさすり、手を降ろして腹のあたりもさする。朦朧とした意識の中で、自分の身体に異変が生じているのを感じる。


「ん?」


身体の様子がおかしいし、寝心地も違う。いつもの固いマットレスと、首の高さに合っていない枕を探す。身体にかけてある重い毛布はなく、軽くてふあふあの温かな掛物だ。


「ん!?」


はっきりと目を覚ますと、見慣れない天井が目に入る。狭く天井の低い自宅マンションとは違う。目だけをキョロキョロとすると、やはり見たことがない景色だ。ホテルのスイートルームのようなシンプルでハイセンスな家具。大きなテレビが壁付けされている。そうか、秘書の人たちと盛り上がって、そのままホテルに泊まったんだ。

実は酒が弱い私。仕事中に飲めるなんてめったにないことだから、調子に乗って飲みまくってた。記憶を無くして知らないうちにチェックインをしたに違いない。


「ん? んん!?」


今、何かに触った。生温かい何か……。手に感じる感触は、明らかに肌の温もりだ。恐る恐る布団を捲ると、目に飛び込んできたのは、素っ裸の自分だった。

思考が止まるとはこのことで、時間が止まったように動けない。置かれている状況を整理して、自分の身体をじっと見る。そして、背中に感じる人の肌のぬくもり。ゆっくりと首だけを後ろに回すと、


「!!」


そこには自分の上司で、自分の勤める会社の社長でもある、五代真弥が眠っていたのだ。

あろうことか私と同じく、彼も何も身に付けていなかった。

思わずじっと顔を見つめてしまう。寝顔を見られるなんて、またとないチャンス。なんて綺麗な顔をしているんだろう。


「違うってば……!」


うっとりしている場合じゃない。社長を起こして状況を説明してもらうか、それとも素知らぬ振りをしてこの場を去るか。

私は考えることもなく、本能で逃げることを決める。この状況は絶対にやばい。

起こさないようにゆっくりと、そっとベッドから転げ落ちるように出ると、身を屈めて自分の服を探す。


「ど、どこ……」


下着は散らばっていて、着ていたスーツは椅子に掛けてあった。


「激しかった……?」


まるで記憶がないのに、顔が赤くなる。

物音を立てないように素早く下着だけを付けると、スーツを脇に抱え、ハイハイしながらドアに向かう。

ドアノブに手を伸ばして開けると、そこからは、矢の如く素早く仕度をする。


「バッグ、バッグ……あった!」


振り乱した髪も気にせず、バッグを探す。バッグはソファに置かれていて、そして気が付いた、ここはホテルじゃないことを。


「もしかして社長の家!? いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。急がなくちゃ」


ますますパニックになる頭を切り替え、バッグの持ち手を乱暴につかむと、玄関があると思われる方向に走る。足音を出さないようにつま先で小走りだ。

広すぎる家は部屋ばかりで、玄関さえも分からない。迷いながらもなんとかドアのない場所を見つける。


「あった、あった」


目指していた玄関に来て、脱ぎ捨てられたパンプスが目に入る。頭を抱えたくなる光景に目を背け、玄関を出た。


「ど、どこ、ここはどこ? やっぱり社長の家?」


胸に手を当て、動悸を押さえながら玄関のプレートを見ると、そこには、「五代」と表札が出ていた。


「当たった? やっぱり?」


社長は毎日自分で、車を運転して出勤するので、自宅を知らなかったのだ。私は頭を抱えた。


「どうしよう、どうしよう」


冷静沈着と常に念頭に置いて仕事をしてきたし、内心は不安だらけで緊張をしていても、人にはその素振りも見せないようにしてきた。

秘書たるものはと、いくつかの法則を作り、それを実践してきたのだ。積み重ねるのには時間がかかるが、崩れ落ちる時はあっという間。それがまさしく今だろう。

しかし今日も仕事で、ここでじっとしている訳にはいかない。急いで家に帰って支度をしなければならない。危機に直面していてもなお、私は仕事を考えるなんて、まさに秘書の鏡だ。


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