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パーティー会場に向かう車の中で、最後の打ち合わせをする。


「君はどこに控えている?」

「パーティー会場の隣に控室があると聞いております。そちらに待機しておりますが、御用がございましたら、ご連絡を」

「傍にいないんだな」

「控えてはおりますから、ご安心ください」


いやだ、腰が砕けちゃう。車で座ってて良かった。立っていたらめまいを起こして倒れちゃうところだったわ。たまに弱気なことを言うから堪らない。

車の助手席が私の定位置。後ろから話しかけられ、くるりと社長の方に身体を向ける。タキシード姿が美麗な社長は、足を組んでいた。タキシード姿は見慣れているのに、何度見ても見飽きない。ずーっと見ていられる。

窓外を眺める顎のラインが素敵で、じっと見ていたいのをぐっと我慢して、正面を向いた。決心が揺らいでしょうがないのは、全部社長のせいだ。



パーティー会場に着くと、豪華な顔ぶれがそろっていた。経済界の重鎮たちはみなさん素敵で、健康管理もしっかりなさっている方ばかり。それなりに肉付きも良くなっているけれど、みなさんスマート。

会場は老舗ホテルの大宴会場。何度来ても素晴らしい内装に目を奪われる。豪華で上品なシャンデリアと上品な赤の絨毯が、高級感をだしている。

黒のタキシード姿の参加者がとても映える。社長はその中でも際立っていて、笑顔で挨拶を続けていた。

でも私は知っている。顔の筋肉を動かしているに過ぎない営業スマイルだと言うことを。

社長には人を惹きつける魅力が備わっている。経営者としての能力もさることながら、その並外れたスタイルと顔で、社長の周りには、瞬く間に人が集まって来た。

私は頭の中の扉を開けて、名前と顔を一致させる作業に入る。だが、完璧な社長の前で私の出番はいつもない。

一通りの挨拶が終わると、水をウエイターから受け取り、社長に渡す。


「どうぞ」

「ん……」

「私は隣の控室に参りますので、何かありましたらご連絡を」

「分かった」

「社長、髪が……」


タキシードに合わせて、いつもより固めていた髪が、少し乱れていたのが気になって直した。向かい会って立っている様子は、恋人同士に見えないだろうかと、社長を諦められない私は、また良い方に考えてしまう。ああ、いけない、またしても揺らいでいる。


「失礼いたしました」

「……」


いつものように「分かった」と返してくれればいいのに、なぜかじっと私を見つめている。どくんといつも以上に胸が高鳴ってしまうのは、私が悪いんじゃなくて、社長が見つめるからだ。その瞳に私が映っていると思うと、自分からその厚い胸に飛び込みたくなる。視線を外せなくて見つめあってしまうけど、ここはパーティー会場、はっと我に返る。


「何か? あの……何か御用がおありでしょうか?」


動揺しながらも、なんとか聞くことが出来た。


「いや……」


何だか様子が変だと思いながら、社長を会場に送りだして、秘書たちが集まっている控室に向かった。控室とはいっても小さい宴会場で、アイボリーを基調とした壁と絨毯が、明るくていい。

控室に着くと、各企業の秘書が名刺交換をしたりして、談話をしていた。秘書の人数がやけに多く感じるのは、第三秘書までをつけている重役がいたりするからだ。

社長は私一人を秘書にしているが、社長によっては、第三秘書までいる。ファイブスターほどの企業なら、第三秘書までいてもおかしくないほどの仕事量なのだ。残業が多くなるのは当たり前で、労働基準に違反していると訴えたい。ファイブスターの社長秘書は、私一人で本当に大変。

秘書達に圧倒されながらも私の視線は、ビュッフェ形式になっている食事だ。控室に入って真っ先に目に入った。


「珍しいわね」


招待した企業は気前がいい。秘書の控室まで食事が用意されているのは、本当に珍しい。

いつもはドリンクに、焼き菓子程度しかないのだが、今日に至っては素晴らしい食事に、なんとアルコールまであった。


「久しぶりにまともな食事にありつけるわ」


料理が出来ない、いや、する時間がない私は、毎日値引きされたお弁当や総菜を買って夕食にしている。マズイわけじゃないけど、満足はしない。外食にも飽き飽きしていて、母親の味噌汁が恋しい。


「お腹が空いた」


おやつのチョコレートじゃ腹は満たせない。胃を刺激する料理の匂いに誘われて、吸い込まれるようにローストビーフのコーナーに一直線。


「おいしそう~」

「お切りいたしましょうか?」


舐めまわすようにしてローストビーフを見ていると、シェフが声をかけてくれた。


「ええ、じゃあ……三枚」

「畏まりました」


好物のローストビーフがシェフによって均一に切り分けられる。ゆっくりと肉が倒れるさまがたまらないし、肉汁が溢れだして私の食欲をさらに刺激する。


「生わさびがおススメですが、オリジナルソースもまた合いますので、どちらもご賞味下さい」

「はい!」


ローストビーフが盛られた皿を、両手で包み込むように持つ。


「まずは、席の確保だわ」


料理を囲むようにしてテーブルが二重に設置されている。秘書がいるだけだから、自分の好きな席に座ればいいだけ。


「ここでいいわね」


都合よく一番端が空いていて、ローストビーフの皿とバッグを置く。違う料理も食べたくて、もう一度ビュッフェに戻る。

シーフードのマリネ、テリーヌとオードブル料理を数種類に大好きなグラタン。まさかグラタンに会えるとは、感激だ。小さな器に入ってこれなら五個はいけそう。三枚の皿に数種類のメニューを載せて、ワインも持つ。


「レストランでバイトした経験が今役に立つなんてね」


皿二枚を片手で持って、もう片方の手には皿とワイングラス。少し危ういけれど、難なく持つことが出来たのは、バイトでの経験おかげ。


「いっただきま~す」


出会いのチャンスを狙っていたけど、食欲の前で勝てそうもない。今の私には男より食い気。日頃の不摂生をここでリセットしなくちゃ。あまりの美味しさにあっという間に平らげると、おかわりをしにいく。

皿に次の料理をのせて戻ってくると、私の座っていた椅子の隣には、女性が一人と男性が一人座っていた。


「お隣失礼します。初めましてA社、社長秘書の加藤と三宅です」


挨拶され慌てて皿を置く。バッグから名刺を出して、名刺交換をした。おかわりの皿を持った姿はなんとも恥ずかしい。


「初めまして、ファイブスター製薬の水越と申します」

「今日は、当たりのパーティーですね」


女性秘書はにこやかに言う。


「ええ、本当に。お恥ずかしいです……こんなに持って来て」

「いえ、私たちも既に三回取りに行ってます。ワインも……滅多にない機会ですからたくさん食べましょう」


男性秘書は、ワイングラスを軽く上げた。


「そうれもそうですね」


お互いに酒が入って陽気になっていたのか、私を合わせて三人の小さな宴会が始まった。


「こんなことをして大丈夫かしら?」


と問いかけると、


「今日は、他の企業の秘書さん達も同じように飲んでますよ。交流するのも仕事の内ですから」


と言った。

小さな集まりは、最終的に大きな宴会となってしまい、集まった人数は十人ほどになっていた。

互いに会社も違ってライバルなのかもしれないけど、交流もいいものだ。その内私は、何杯のワインを飲んだか分からなくなってしまっていた。




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