3章 奴隷取引摘発任務

1話 潜入任務

『お父様の仇…』

 ケンヴィードはあれからユノが残したその言葉の意味をずっと考えていた。

 仇…ということはおそらく俺は彼女の父を殺したのかもしれない

 それが誰だか想像もつかない。

 なにせ舞台は戦争だったのだ。誰をいつ殺したなど記憶する暇などないのが本音

 でも間違いなく俺は彼女の父を殺したのだろう。なにも感じることもなく、まるでチェスの駒を薙ぐように――

「おい、ケンヴィード」

 その言葉を聞いてケンヴィードはようやく正気を取り戻す

 はっと顔をあげるとそこにはるカートス・シヴァルナ大佐少し怪訝そうな顔でこちらを見ていた

「お前、何をぼーっとしてるんだ。らしくないな」

 カートスのその一言にケンヴィードは何も答えることができなかった

 そうだ、今日の俺はおかしいんだ。

 たかが夜美ノ民の暗殺者ごときに心をかき乱されるなんてあってはならない。あってはならないはずなんだ。

「…まあ、いいけど」

 カートスはそう言うとため息をつく。

 そして机上の報告書に目を通しながらケンヴィードに一言聞いた

「お前今日は寝不足なんじゃないか?」

「え?」

 不意なカートスのその言葉にケンヴィードはやはり動揺を隠せなかった

 それを見てカートスはニヤッと笑った

「私が知らないとでも思ったかなティアマート大尉。昨日お前が賊に襲われたということしかもその賊を逃してしまうという失態を犯したことも――」

 したり顔でそういうカートスにケンヴィードは明らかに不満そうなかおをして上官である彼を睨んだ

「――間違いありませんよ。シヴァルナ大佐」

 ケンヴィードは悔しげに一言そう言う。

 そんな彼を見てカートスはふっと口元を緩めた

「いや、本当に今日はお前らしくないよな。どうしたんだ?一体」

 どうしたと言われても、俺でさえ理由がわからないのに――

 ケンヴィードはそう言いたかったがあまりこれ以上詮索されたくなかったから目の前の報告書を手に取った。

「とりあえず仕事の話しないか?」

 話題をそれとなく変えようとケンヴィードは一言カートスに言った

 その言葉を聞いてカートスはため息をつくと一言言った

「とは言ってもねぇ…英雄様にふさわしい仕事なんてお前の嫌いな社交界の顔見せくらいしかないが…」

「それ、仕事じゃねえだろ」

 ケンヴィードは怪訝そうにそう言うとカートスの周りの指令書を手に取り見定めはじめた。

「とにかく気を紛らわしたいから適当に暴れれる仕事ないか?」

「気を紛らわしたいねぇ…」

 英雄様はわがままだなあと言わんばかりの表情でカートスは書類の束からある指令書を取り出しケンヴィードに渡した

「あまりお前をこの任務に推薦したくはないんだが…まあ問題はないだろう」

 ケンヴィードは渡された指令書を眺めた

「奴隷取引摘発――ね」

 さほど難しい話じゃないな。真っ先にケンヴィードはそう思った

「夜美ノ国との和平を結んでから先方の方からいろいろ条件を出されてね。彼らが言うには我が国は長い間夜美ノ民を奴隷として売買しているのが形骸化していて、それを完璧に摘発してもらわないと外交のテーブルにつかないと言っているらしい」

「ふーん」

 夜美ノ民らしい言い訳だな。ケンヴィードはそう言いかけたがそれは胸に留めた

「我が国の奴隷貿易は結構根深い問題でね。あまりにも長い期間問題を放置しすぎてどのような組織が根深く巣食っているのか我が軍でさえ把握できてないのが本音だ。とは言え和平も不安定な状況ゆえ帝国上層部は重い腰をあげて奴隷貿易の摘発に出始めたんだよ」

 その言葉を聞きながらケンヴィードの脳裏には昨日のユノの姿がよぎった

 あの娘も元は奴隷なのだろうか?――いや今はそんなことは関係ない。

 そんな邪念を振り払うようにケンヴィードは髪をかき分けて一言言った。

「つまりそのネズミの尻尾をつかむような話ってわけか…」

「これは潜入任務なんだよ。ケンヴィード」

 そう言うとカートスはケンヴィードの方を見た。

「本来ならばこういう潜入任務は無名の将校に回したほうが安牌ではある。お前は少し名が売れすぎて動きにくい気もするからな」

 確かに――カートスの言い分もケンヴィードには十分理解できた

 だけど、このたまたま目に止まった奴隷取引摘発任務が自分を呼んでいるような、そんな気にケンヴィードはなっていた。

「もし。この任務に俺があたるとなればお前はどうする?カートス」

 その問いにカートスは淡々とした言葉で返した

「もし止めたとしても無駄だろう?」

 その一言にケンヴィードはふっと笑みを浮かべた

「じゃあ、決まりだな」

 そういうとケンヴィードはその指令書をカートスの机上に置いた

 それを見てカートスは諦めたように笑った

「私は止めないが、この潜入任務はかなりリスキーだぞ」

「危険などぶった斬ればいいだろ」

「…そういう脳筋の話をしてるわけじゃない」

 そう言うとカートスは真面目な顔をしてケンヴィードを見た

「この潜入任務にあたるためにお前には軍を抜けてもらわねばならない?」

 その一言にケンヴィードはすこし顔を曇らせたが、任務内容を精査した上で冷静にそれを受け止めた

「でも安心してくれ。私の口添えでお前の除隊は形式上ってことでこの任務を完了できたらいつでも復帰可能だ。それに…」

 カートスはそう言うと口元に笑みを浮かべた

「お前は止めたって無駄な男だろ?」

 その一言を聞いてケンヴィードもにやっと笑った

「さすがシヴァルナ大佐。よく理解していらっしゃる」

 そう言うとケンヴィードはカートスから踵を返すとそのまま颯爽と歩きだした。

「というわけで潜入任務のため俺は一時的に除隊させて頂く。今度会うのは奴隷貿易組織をぶっ壊した後だな」

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