5話 漆黒の暗殺者

 やがて誰しもが眠りにつく深く長い夜が火蜥蜴御殿を包み込む

 ケンヴィードもまた久しぶりの実家のベッドでゆっくりと眠り始めていた。

 だが寝静まった彼に殺意に満ちた黒い影が迫っていた。

 それは息を殺して彼の寝室に侵入すると腰から1対の短刀を抜いた

 その短刀はまるで夜を閉じ込めたように漆黒に輝いている不思議な色をした刀身だった。

 侵入者は一つ息を吐くとその黒い短刀を天高く突き立てた

 そして憎しみに燃えた黒い瞳で彼を睨むと一つ言葉が漏れた。

「お父様の仇…!」

 そう言った次の瞬間彼女は躊躇することなく彼の頭に黒い刃を突き刺した

 ふわっと舞う布団の羽毛。だが侵入者はその感覚に呆然としていた。

 その一撃はあまりにも手応えがなかったのだ

 次の瞬間侵入者は背中に焼けるような感覚を感じ後ろを振り返った

 そこには先程まで寝息を立てていたケンヴィード・ゼファー・ティアマートがすぐ背後で侵入者に緋色に燃える刃を突き立てていた

「流石に寝込みを襲われるのは初めてだな…」

 ケンヴィードは呆れたようにそう言った。

「どうして?」

 侵入者は困惑の黒い瞳でケンヴィードを見た

「さっきまで寝てたはずじゃない…まさか魔法使ったの?」

 ケンヴィードは一つため息をついた

「俺は寝てないぞ。暗殺者」

 その言葉に暗殺者ははっと目を見開いた

「寝てるっていうのはお前の勘違いだ。こちらが気配を殺していたことも気づかないとはとんだ失態だな――」

 次の瞬間ケンヴィードはなにかに即反応し暗殺者から距離を取る

 それと同時に飛刀が顔の横を掠めて通る

 その一瞬の隙を突くように暗殺者はその黒い刃をケンヴィードに向かって薙いだ。

 ケンヴィードはそれを落ち着いて『サラマンダーテイル』で受け止めると、それと同時に密かに左手で『レーヴァテイン』を発動させる。

 そのまま暗殺者を切り伏せるつもりで『レーヴァテイン』を振り上げる。

 だがそれは手応えがあまりなかった。おそらく相手にかわされたのだろう。

 しかし、手応えがまるでなかったわけではなかった。

 襲いかかってきた暗殺者はその瞬間、戦意を喪失するように恥ずかしげに体を覆った。

 その姿にケンヴィードは思わず呆然とする

 彼のは暗殺者の正体に見覚えがあった。

 はだけた先から見える褐色の胸。そしてマフラーから溢れる長い黒髪――それは先程中庭園で声を交わした夜美ノ民の女中ユノ・リーゥだった。

「お前…」

 ケンヴィードはそんな彼女に声をかけようとしたその時だった

 バタバタと近づくブーツを鳴らす音。

 おそらく警備兵たちが異変を察知して来たのだろう

 暗殺者ユノはチッと舌打ちするとそのまま迷わず寝室の窓ガラスに突進した

 バリンと粉々に割れる窓。

 あまりにも一瞬でケンヴィードでさえ取り逃がすくらい鮮やかな逃走劇と言わざるをえなかった。

「ケンヴィード様ご無事で?」

 警備兵が寝室に現れ、ケンヴィードはようやく正気を取り戻す

 俺は何を動揺してるんだ――?たかが暗殺者一匹に寝込みを襲われただけだというのに。

「俺は大丈夫だ」

 ケンヴィードはまるで自分に言い聞かせるように警備兵に言った

「賊を取り逃がしはしたが、まだ近くにいるはずだ。絶対に生かしたまま連れてこい」

「生かした…ままですか?」

 その言葉を反芻するように警備兵は聞き返したが、ケンヴィードは更に釘を刺すように言いつけた

「傷つけたら許さん。お前の首が飛ぶぞ」

 その一言に警備兵は萎縮するようにその場をそそくさと後にする

 また誰もいなくなった寝室。ケンヴィードは苛ついたように頭をクシャクシャにかきむしる

 ただ暗殺者のユノであった。ただそれだけの事実にケンヴィードは大いに動揺していた

 その事実がただ解せなくて許せなかった。

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