4話 再会

 闇に落ちる火蜥蜴御殿の中庭園。

 きれいに整えられた薔薇の生け垣、たくさんの古代美術彫像、そして中央に座す大きな噴水――

 それ自体が一級の美術品のような庭園の広場にケンヴィードは一人立ち尽くしていた。

 嫌な気持ちになった時、ケンヴィードは剣を振りたい衝動に駆られる。

 ストレス発散と言われればそうなのかもしれない。

 だが昔から剣を振っているときだけは心を無にできる。

 波立つ心を凪に――すっと目を閉じたケンヴィードはゆっくり息を吐く。

 まるで張り詰めるような緊張感があたりを包んだその瞬間、ケンヴィードは右手を翻した

 緋色の閃光が闇を切り裂くように煌めく。

 愛剣『サラマンダーテイル』を手にしてケンヴィードはそのまま見えないなにかに斬りかかる。

 それは素振りというより剣舞に近いものだった。

 その赤い閃光の太刀筋は鋭さとともに優美さも兼ね備えている。

 故にケンヴィードの太刀筋は帝国で随一の美しさとも呼ばれていた。

 そうそれはどちらかと言えば魔血たちの魔剣術というより、東方の剣術にも似ているようで――

 その瞬間、ケンヴィードの緋色の剣はピタッと動きを止めた

 そして、その人物を振り返ることなく威嚇するような声色で一言言った

「これは見世物じゃない。黙って見るなら名乗れ」

 その言葉を聞いて、その人物は柱の影からゆっくりと姿を表す

 長い黒髪、無垢な黒い瞳、そして褐色の肌――

 その人物にケンヴィードは見覚えがある。そう、昼頃に成り行き連れてきたあの異国の民の女中だった。

「お前…」

 そんな彼女を見てケンヴィードは呆れた声を上げた

「ここはお前みたいな下働きの娘がうろつくような場所じゃないぞ」

 その一言に彼女はおずおずと一礼する

「すいません…私ここに来て日が経ってないのです。だからあまりにも大きな屋敷だから迷っちゃって…」

 その言葉にケンヴィードはため息を付いて答えた。

「見つけたのが俺だからよかったけど、俺の両親だったらお前今頃命がなかったぞ。それがわかってるのか?」

 その問いに対し彼女はキョトンとした表情を浮かべ黙っていた

 なんだか変な女中だ――ケンヴィードは少し不思議な気分になりながらまた一つため息をついた

「気が冷めた…もう寝る」

 ケンヴィードはそういった瞬間炎の刃をかき消しそしてそのまま中庭園の広場を後にしようとした

 だがその前に不意に彼女に話しかけられた

「あの!あなた…様はどこで剣を習ったの?」

 その一言を聞いてケンヴィードは怪訝な表情をうかべ彼女を見た

 本当に不思議なことを聞く女中だ――たかが女中風情がとも思ったがその割にはその質問は本質をついていた。

 そうそれはウィーガル高原のあの戦いの際、あの敵将に話しかけられたそのものの質問だったのだ。

「何でそれを聞くんだ?」

 ケンヴィードは警戒感を顕にして問い返した。

 だが彼女は臆することなく言った。

「あなたの剣さばきはどちらかと言えば私の祖国の匂いがする…そんな気がするの」

 その言葉を聞いてケンヴィードは更にこの異国の民の女中がわからなくなった

 だが、自分の剣術について深い考察をもった人間は魔法帝国ではほぼ見たことがない存在でもあったので、ケンヴィードは訝しみながらも少し嬉しくも思えていた

「これは独り言だ」

 ケンヴィードは一言そう彼女に釘を刺すと言葉を続けた

「俺は15歳のとき親父に反抗して家出したことがあるんだ。そのままアルディア大陸を見て回ろうと身分を隠して放浪してたんだが、そんな中、お前たちの故郷の夜美ノ国の辺境地で剣の達人と手合わせしたが、まさか俺の魔剣がただの鋼の剣に負けてしまったんだよ。その時悟ってね。自分は魔剣の力に依存しすぎていて知らず知らずにその力に頼り切って戦っていたってね。それからは自分の剣術を一から見直し、相手と同じ鋼の剣を使いこなすことを目標にした。魔血であることはただのアドバンテージ。非魔血や夜美ノ民と同じラインで戦わないと意味がないって思ったんだ」

 何故だろう。どうしてこんな異国の少女を前にしてこんなにも自分語りしてるのだろう

 ケンヴィードはそう思いながらも『独り言』はかなり饒舌に語っていた

「まあ結局、親父の危篤だっていう噂を聞いて免許皆伝を受ける前に魔法帝国に戻ったけど、まあ案の定、親父の仮病だったんだよな。そのまま戦いたいなら魔法騎士団にでも入れって言われて仕方なく入隊したけど、まさか『烈火の剣聖』やら『帝国の英雄』やらいろいろ二つ名をもらってしまうとはな…世の中わからないもんだ」

 そう言いながらケンヴィードはふと彼女の方へと目を向けた

 彼女の表情自体はあまり代わり映えしない。否、表情をわざと出さないようにしているようにも見えた。

「すまない。ちょっと自分語りが過ぎたな」

 ケンヴィードは一言彼女にそう謝った。

「とにかく、今日はもう休むよ。お前も早めに自分の寝床に帰ったほうがいいぞ――」

「待って」

 その瞬間彼女の声が中庭園に響き渡る

 ケンヴィードは足を止め彼女を見た。

 彼女はしっかりとケンヴィードを見据え一言言った

「私はユノ・リーゥって言います」

 その一言にケンヴィードは不思議そうな顔をして一言聞いた

「なんで今名乗るんだ?」

「え…」

 その問いに彼女は少し困惑したがすぐに答え直した

「だってあなた最初に名を名乗れって言ったじゃない!なのに何も言ってないのに独り言とか…私何も喋ってないのにどうしろと?」

 その一言にケンヴィードはたしかにそうだなと妙に納得してしまった

 本当に不思議な異国の少女だ。女中にしておくのが惜しいとさえ思うほど結構頭が切れそうな相手だ。

「わかったよ。ユノ」

 ケンヴィードは一言そういうと不思議な異国の少女ユノに向かって小さく手を降りそのまま彼女の前から去った

「お前のことは覚えておいてやる。じゃあな」

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